2008年04月28日

過去の記事(地獄の20分)

いつも、この拙いブログに訪問いただきまして本当にありがとうございます。このブログを始めてからほぼ2年が経ち、数多くの方が訪問して下さるようになりました。改めて御礼申し上げます。


誠にありがとうございます。


今までに一番怖かった仕事についての記事を再アップします。もしよろしければお読みください(新しいネタを今まとめ中です。時間稼ぎで申し訳ありません)。


・・・・・



僕がまだカギ屋になりたての頃でした。親戚が「カギが無いので作ってあげてほしい。御近所さんだけど困っている人がいるから」というので、その親戚の家まで行きました。困っている人とは、親戚と同じメゾネットに住む3軒隣の女性の方でした。

その方(Hさんとします)は、なぜかご自分の家ではなく、親戚の家の前で待っておられました。カギをなくされたんだから、不安で親戚と話していたのかなと、その時は思いました。でも、Hさんの家の電気は一切ついてなく、真っ暗でした。

「とにかく早くカギを作って下さい。遅かったら何もかも台無しになります」とHさんはおっしゃられました。「カギは閉まったままです。どのくらいでカギを作ることができますか?」とかなり切羽詰った声で聞いてきたので、「解錠とカギ作りで30分足らずでできます」と答えますと、「大丈夫かなぁ?」と意味深な言葉をはかれました。とにかく大急ぎでカギをあけ、シリンダーを取り出し、カギ作りを始めました。

親戚の家でカギ作りをしていると、「実は・・」と親戚が話を始めました。

「Hさんは、旦那さんと別れたいみたいなんだけれど、旦那さんは別れたくないみたいで、話がこじれてるの。旦那さんはすごく暴力を振るう人みたいなの。Hさんは自分の荷物と子供を引き取って実家に帰りたいみたいなんだけど、旦那がそれを許さないようで、カギを取り上げて、カギを閉めたままにしているの」ということでした。

(冗談じゃない!それだったら、もし旦那さんがこの途中に帰ってきたら、僕も暴力を振るわれるかもしれないじゃないか!)

追い討ちをかけるように親戚は「Hさんの旦那さんは、刺青の入っている人なの」と淡々とおぬかしになりました。

カギ作りを終了し、シリンダーをもとの扉に取り付けて、Hさんにカギを渡し、カギが回るかの確認をしました。本当に生きた心地がしませんでした。

地獄の20分でした。

僕は「とにかく、今日はここから早く離れましょう。だんなさんが帰ってくる前に。お代金は明日とりに伺います」といって、僕も帰りました。

次の日、前の日と同じ時間くらいにHさんの家に伺うと、真っ暗でした。親戚の家に行って、Hさんのことを聞くと「今日、早速引越しをしたみたい。迷惑をかけるといけないので、行き先を告げずに行かれた。あんたにありがとうといっていたよ」というのです。

結局、お代金はもらえず、Hさんはどこに行ったのかもわかりません。

とり損ねた代金は勉強代だと思いながらも、帰路の車の中で減っていくガソリンメーターを見ながらますます惨めな気持ちになって行きました。
posted by ロン at 12:45| 瀋陽 | Comment(2) | TrackBack(0) | こんな仕事をしました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月19日

矛盾2

ある日の午前中のことでした

「鍵の交換お願いできますか?」

管理会社の方でした。

「もちろん行かせていただきます。今からでも結構ですよ」というと、

「よろしくお願いします」とのことで、早速行かせていただきました。

「もし用意できるんやったら、マスクしとったほうがええで」との忠告がありました。

ひょっとして、アスベストか何かのことかなと思いましたが、マスクなどは常時用意しておりませんので、そのまま依頼者と一緒に現地へ向かいました。

目と鼻の先の集合住宅でした。その部屋は施錠されていませんでした。

依頼人は勢いよく扉を開けました。

扉を開けてから数秒後、依頼人は僕の顔をみて、ニコッと笑いました。僕もひきつった笑いをしました。想像を絶する臭いでした。

「じゃあ、鍵の取替えしてくれるか?」

できるだけ部屋の中を見ないようにしておりましたが、どうしても横目に入ってしまいました。

この部屋は、いわゆる ゴミ屋敷 でした。

ワイドショーでは頻繁に見るのですが、僕は実際に ゴミ屋敷 を見るのは初めてでした。例えていうなら5分くらい廻した洗濯機の中のようでした。


あまり詳しいことは書けませんが、この部屋の住人は夜逃げをしておりました。部屋をそのままにして、何ヶ月も帰っていないとのことでした。

僕は、強烈な刺激臭に打ち克って鍵の取替えを終えて、店に帰りました。しばらく気分が悪かったのを、何とかして紛らわそうとしていました。


その日の午後のことでした。

「今日、鍵の取替えをしたところ、もう一度鍵をもとに戻してくれへんか?」と、管理会社から電話がありました。かなりあせっているようでした。

訳をお聞きすると、その部屋の 使用停止命令 は出ているのですが、立ち退き命令 が出ていないので、勝手に鍵を替えると法的に都合が悪いとのことでした。

僕はもう一度、あの 悪臭 と対決することになりました。「負けるもんか」と自分に言い聞かせて、取り組みました。無事に終わりました。

「これから、わしらがこの部屋を片付けんとあかんねん」と管理会社の方が言いました。


ゴミ屋敷の住人は、それなりの理由があって夜逃げをしたのだと思いますが、あとの処理のことでどれだけ他人に迷惑をかけているかを考えたことがあるのでしょうか?逃げるが勝ちと思っているのでしょうか?それともすべてを失った弱者として、他人に迷惑をかけることへの 免罪符 を手に入れたとでも思っているのでしょうか?


最近思うのですが、弱者を装って他人の同情を引く風潮がはびこっているように思います。社会的弱者を装って自己の利益のためだけの権利を主張している傾向があるように思います。そのひとつに、重大事件を起こした加害者に対する過度の擁護があります。

ゴミ屋敷の住人 にも、それなりの権利はあるでしょう。ですが、それと同時に、ゴミ屋敷の住人以外の人間にも、ゴミ屋敷の住人を嫌う権利があります。ゴミ屋敷の住人が、ゴミ屋敷の住人以外の人間を嫌う権利があるのと同じように。どちらかが一方的に、他の権利を認めないのなら、それこそ人権侵害であり、差別であると思います。

ゴミ屋敷の住人のように、大きな声を出す人間、恥知らずな人間の主張が、往々にして通ってしまうことのない社会が到来しますように・・・


・・・悪臭を嗅いでしまったその怒りを、こんなところにぶつけてしまいました。
posted by ロン at 22:41| 上海 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | こんな仕事をしました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月14日

矛盾

年末のことでした。

知り合いの警察OBが僕の店に来られました。

「○○○に何ヶ月も前から止まっている車が2台あるんやけどカギ開けてくれんかいな?」
○○○とは、少し離れた海の近くのホームセンターでした。

「一応、どっちの車もナンバーから持ち主は判ったんやけど、どうもはっきりせえへんねん。持ち主はどっちも行方がわからんねん」

僕は
(ひょっとしたら、なんか大きな事件やったりして。新聞に載ったらどないしよ?「カギ屋A」とかで新聞に載るんかな。サイン考えとかなあかんなぁ)と、薔薇色の脳みそで考えておりました。
 
「原則的に持ち主の立会いが必要なんですが」と、言いました。

「わしやったら不満かいな?」と警察OBの方に一喝されました。考えたら警察の後ろ盾があるほど力強いものはありません。僕が馬鹿でした。

時間を合わせて○○○の2階の駐車場で落ち合いました。駐車場の端に2台の例の車は止まっておりました。

「もともと1階の駐車場に止まっとったんやけど、カギを開けるために2階にクレーンで吊り上げてん」

お膳立てをされた僕は、何が何でも解錠しなくてはならないというプレッシャーを感じました。

「あんまり人に見られたくないから、あんたの車で車を隠すように、2台の車の前に止めてくれんかなぁ」
さすが警察でした。

先ずは1台目。僕の車と同じワゴン車でした。時間をかけることもなく解錠できました。そして2台目、高級セダン車でした。少してこずりましたがあきました。

その警察OBは、白い手袋をはめて高級セダン車の中を物色し始めました。詳しい内容は割愛させていただきますが、いかにも というものがたくさん出てきました。肩書きが異なる同じ名前が書かれた名刺が何種類も出てきました。

続いてワゴン車を物色しました。これといって何もありませんでした。残された荷物から推測すると、突然車を捨てたような感じでした。

白い手袋をはめて静かに、そして真剣な目をして物色する警察OBの姿は、本当に刑事ドラマのヒーローのようでした。

30分ほどして、全てが終わりました。2台の車を元のように鍵を閉めました。

一息ついた後に
「このクレーンの費用、○○○が払うねん」と警察OBがこぼしました。


今回の出来事は、社会の矛盾を表していると思うのです。

過去の他人の行為が、現在に生きている人へ迷惑、不利益を引き起こしているのです。いろいろな場面でこのことを感じます。

責任を追求されなければ、逃げたもの勝ちという風潮を許さないとともに、僕の今の行為が、未来の人へ迷惑や不利益を引き起こさないようにと思っています。
posted by ロン at 23:08| 上海 | Comment(0) | TrackBack(0) | こんな仕事をしました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月06日

ピッキングに8時間

僕がまだサラリーマンのときでした。

僕はその当時、平日サラリーマン、休日カギ屋という2足のわらじを履いていました。

朝早く、ある家の娘さんが、カギをなくして家に入れないということで、早速現場に急行しました。

娘さんは、両親が旅行でいないので家に入れない、自分は今からアルバイトに行くというので、朝帰りのまま直接仕事場に向かわれました。

その家は、玄関が装飾錠で2ロック、裏口がレバーハンドル錠でした。

まずは玄関をピッキングで。

2つのうち1つは開きましたがもう1つが開きません。僕はそのときはまだ駆け出しで、ピッキング以外で解錠したことがありませんでした。また、玄関の扉に取り付けてある装飾錠の取換え品も在庫がなかったので、ひたすらピッキングを試みていました。

ピッキングを始めてから1時間、どうしても開かないので、玄関をあきらめ勝手口のピッキングを開始いたしました。

鍵穴はすぐに横向いて、解錠の手ごたえもあるのですが、開きません。

何度か玄関と勝手口を往復して、ずっと頑張っていました。しかし開きません。

何時間もピッキングをしていたので、その家の隣の方が不審そうに僕をじっと見つめていました。僕はしどろもどろになりながら、怪しいものではないということを必死に伝えました。考えてみれば、依頼者、立会人がいなくて見知らぬ家で僕が一人でピッキングをしているので、疑われても仕方ありませんでした。

結局、7時間ほどピッキングをしましたがだめでした。

僕は、知り合いの錠前技師(Y氏)に応援を頼みました。

Y氏が到着して、もう一度ピッキングチャレンジしました。最後のあがきです。僕の右手の人差し指はもう肉刺がつぶれてました。

すると、です。

なんと今まで開かなかった玄関のカギが、開いたのです。

結局、8時間かかって何とか開き、10分ほどしてその娘さんが帰って来られました。勝手口に確認をさせていただいたら、勝手口は内側からかけるカギがあったので、ピッキングをしても無駄だということがわかりました。

娘さんからお代金をもらい、半分をY氏に渡し、ひりひりする指のまま車で帰路につきました。

よく考えてみれば、もし、解錠がうまくいったとしても、娘さんが帰るまで残っておかなくてはいけなかったのです(カギを開けたまま離れることはできないですよね)。

最初の種々の確認の大切さを痛感した仕事でした。
posted by ロン at 00:09| 上海 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | こんな仕事をしました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月14日

地獄の20分

僕がまだカギ屋になりたての頃でした。親戚が「カギが無いので作ってあげてほしい。御近所さんだけど困っている人がいるから」というので、その親戚の家まで行きました。困っている人とは、親戚と同じメゾネットに住む3軒隣の女性の方でした。

その方(Hさんとします)は、なぜかご自分の家ではなく、親戚の家の前で待っておられました。カギをなくされたんだから、不安で親戚と話していたのかなと、その時は思いました。でも、Hさんの家の電気は一切ついてなく、真っ暗でした。

「とにかく早くカギを作って下さい。遅かったら何もかも台無しになります」とHさんはおっしゃられました。「カギは閉まったままです。どのくらいでカギを作ることができますか?」とかなり切羽詰った声で聞いてきたので、「解錠とカギ作りで30分足らずでできます」と答えますと、「大丈夫かなぁ?」と意味深な言葉をはかれました。とにかく大急ぎでカギをあけ、シリンダーを取り出し、カギ作りを始めました。

親戚の家でカギ作りをしていると、「実は・・」と親戚が話を始めました。

「Hさんは、旦那さんと別れたいみたいなんだけれど、旦那さんは別れたくないみたいで、話がこじれてるの。旦那さんはすごく暴力を振るう人みたいなの。Hさんは自分の荷物と子供を引き取って実家に帰りたいみたいなんだけど、旦那がそれを許さないようで、カギを取り上げて、カギを閉めたままにしているの」ということでした。

(冗談じゃない!それだったら、もし旦那さんがこの途中に帰ってきたら、僕も暴力を振るわれるかもしれないじゃないか!)

追い討ちをかけるように親戚は「Hさんの旦那さんは、刺青の入っている人なの」と淡々とおぬかしになりました。

カギ作りを終了し、シリンダーをもとの扉に取り付けて、Hさんにカギを渡し、カギが回るかの確認をしました。本当に生きた心地がしませんでした。

地獄の20分でした。

僕は「とにかく、今日はここから早く離れましょう。だんなさんが帰ってくる前に。お代金は明日とりに伺います」といって、僕も帰りました。

次の日、前の日と同じ時間くらいにHさんの家に伺うと、真っ暗でした。親戚の家に行って、Hさんのことを聞くと「今日、早速引越しをしたみたい。迷惑をかけるといけないので、行き先を告げずに行かれた。あんたにありがとうといっていたよ」というのです。

結局、お代金はもらえず、Hさんはどこに行ったのかもわかりません。

とり損ねた代金は勉強代だと思いながらも、帰路の車の中で減っていくガソリンメーターを見ながらますます惨めな気持ちになって行きました。
posted by ロン at 21:12| 上海 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | こんな仕事をしました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月13日

車の中に子供が・・

カギ屋の仕事は、時間の制限があるものが多々あります。「解錠」に関してはそのほとんどが時間の制約を受けます。

ある夏前の蒸し暑い日でした。僕の店に若い女性が真っ青な顔をして駆け込んでこられました。どうも近くで車のカギを閉じ込めてしまったのらしいのです(インロックといいます)。かなり動揺されていました。腐りやすい物でも閉じ込めてしまったのかと思い、「お急ぎですか?」と尋ねると「中に子供がいるんです!早く!!」とのこと、僕は解錠工具を持ってその方の車まで御一緒しました。

中には、1歳くらいの子供が汗をかなりかいて、寝苦しそうに寝ていました。動いていたので少し安心しました。お母さんは「ガラスを割ってもいいですから早くあけて!!」とかなり取り乱してました。

カギ屋によって解錠方法は様々だと思いますが、僕はよほど特殊なカギでない限りはピッキングであけたいのですが、このときはさすがにそんな優雅なことを言っている暇は無く、一刻一秒を争う事態でした。

僕は、ほんの少し時間はかかりますが、確実に解錠ができる方法を選びました。急がば回れです。解錠にかかった時間は約2分でした。

車の中は僕が考えていたよりもかなり蒸し暑く、時間が遅かったらと思うと、ぞっとしました。お母さんは、子供を抱きしめて汗を拭き、僕に何度も「ありがとう」と言ってくれました。本当にカギ屋をやっていて良かったと思った瞬間でした。僕は1000円いただいて店に戻りました。

夏になると毎年「パチンコに夢中で、子供が車の中で熱射病で死亡」というニュースを目にします。自分の子供を亡くしてしまってから、事の重大さを親は知るのですが、そのときには遅いのです。何年も前から、何回もこのような事故の報道がされているにもかかわらず、毎年繰り返されるのは、親の子供に対する愛情が欠けている、もしくは、自分以外の命に対する認識が足りないと思うのです。

このときはお母さんの過失でしたが、本当に子供が無事でよかったです。このときのような依頼がなくなりますように、と思いました。
posted by ロン at 00:03| 上海 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | こんな仕事をしました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする