2008年06月30日

先日のことでした。

僕と仲良くしてくださっているカギ屋さんのKさんから

「A社のインテグラル錠の在庫、ありませんか?」との事でした。

Kさんの、ごく身近な知人のTさんという方が家の玄関錠を替えたいということでした。たまたまKさんはインテグラル錠の在庫をきらしていました。僕はKさんにインテグラル錠をお渡しすることになりました(Tさんとは、Kさんの紹介で僕も一度お話したことがあります。偶然に僕と同じ苗字の女性です)。

Kさんの話によると、かなり急いでいるようでした。理由を聞くと

「昨日、Tさんは強盗に逢ったんですよ。バッグを盗られたんです。後方からバイクでひったくりに逢ったんです。Tさんは引きずられて怪我をして救急車で病院に運ばれました。かなり顔が腫上がっていましたよ。仕事も休んでいるんですよ」とのことでした(Kさんは、Tさんのカギの取替えの依頼でTさんと事件後に会っていました。生々しい話でした)。このことは新聞沙汰になりました(地方紙ですが)。

僕は次の日に、Kさんにインテグラル錠を渡しました。

その日の夜、Kさんから電話がありました。無事に取り付けができた、ありがとうの電話でした。


僕は、今回のKさん以外に 強盗 に絡む仕事を度々受けました。ただ今回は、知人が被害者でした。こんなに身近に犯罪を感じたのは初めてでした。


このような犯罪が起こるたびに「罪を憎んで人を憎まず」という、加害者を擁護する方たちが出てきます。このような犯罪が生まれるのは 社会が悪い という言い分を恥ずかしげもなく堂々とのたまう方々がいらっしゃいます(例えば何が何でも死刑廃止と言っている弁護士の方々などです)。

(もちろん、止むに止まれぬ事情で犯罪を起こすことがあるかも知れません。加害者が本当は被害者であるという場合などは例外とします)。

「罪を憎んで人を憎まず」と言っている方々は、もし被害者が親族、友人、知人だったらその犯人を憎まないのでしょうか?もし恋人、親、子供が殺害されても同じことが言えるのでしょうか?

僕は「罪を憎んで人を憎まず」は嘘だと思います。このような思想の方々は、本当の 偽善者 だと思うのです。犯罪を作っているのは 人 です。社会が悪いなどと問題をすりかえないでほしいのです。ちっぽけなヒューマニズムで自己陶酔しないでいただきたいのです。

今回は、かなり本音を書きました。

もしよろしければ、このブログを読んでくださっている方、ご意見をお聞かせください。
(あまりにも偏ったコメントは削除させていただきます)
posted by ロン at 20:55| 瀋陽 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月26日

責任の所在

仕事の昼休みに セルフサービス のうどん屋さんに行った時のことです。

僕は、トッピングにお金を回すぐらいなら、量で勝負! という思想の持ち主でございますので かけうどん大 を頼みました。

カウンターから自分で かけうどん大 をテーブルに運んで、大好きな 天かす を山盛り入れ(天かすは、入れ放題です)、七味の容器に手を伸ばしました。

七味の容器を勢いよく振り上げ、さかさまにして、うどんにぶち込みました・・・

一瞬の出来事でした。うどんに赤い山ができました。その山はだんだん崩れながら、僕のうどんは赤く色づいていきました。容器の中には七味は残っていませんでした。

その七味の容器には、あの 五円玉 のような 中ぶた がありませんでした。



1 何もなかったことにする
2 店員さんに言って、取り替えてもらう
3 「我々はー・・・」といって、国やメーカーに苦情をいう
4 辛いうどんを食べたことを、武勇伝 又は 笑い話にする


・・・僕はそのうどんをすすりながら 上記の4つの選択肢のどれを選択すようかなぁと思いながら、責任の所在 を考えました。

七味の容器に、中ぶた がなかったと言うのは、普通ではないことです。この普通ではないことを放置していたことに対しては、店が責任を持つべきだということもできます(別のお客様がいたずらで 中ぶた を外していたとしてもです)。

もし、僕がお店に対して苦情を言えば、恐らく取り替えてくれたでしょう。それで円満解決だったかもしれません。

でも、視点を変えてみれば、僕が食べられる限界の七味をかけてしまったことで、お店は七味を損したとも言えます。

・・・

最近のある判決を思い出しました。

ガチャポンを幼い子供が飲み込んで、障害が残り、親がそのメーカーを訴えてメーカーに賠償金の支払いを命ずる判決が出ました。

そんな判決を出してしまったら、もし子供が、 お金(硬貨)を飲み込んで、もし子供が道端の 石ころ を飲み込んで、子供が 窒息 又は食道破裂して後遺症が残った場合、どうなるのでしょう?国や地方公共団体が責任を取るのでしょうか?子供が買い物中に、店で万引きしてそのお菓子で窒息した場合は、店やメーカーに責任があるのでしょうか?

この件については、明らかに保護者である 親 の責任です。親が責任転嫁をしているのは明らかです。

いろいろなことを考えましたが、最近のマスコミ、世の中の流れを見ていて、一つ決定的な矛盾に突き当たりました。店側のお客様に対する過剰なサービスがあると言うことです。常識で考えても明らかにお客様の 責任 であるのに、店が自ら店の 責任 にしてしまうことです。お客様の責任で自分が不利益を被ったことに対しても、それが店の責任にしてしまうことを、店側のサービスの一環としているのでしょう。

売り上げを上げるために、クレームに対して最大限の対応をすることは大切だと思います。しかし明らかに自分のミスであるにもかかわらず、店側に責任があるかのように攻めよってくるお客様、それに対し 寛大に対応する店やメーカーがあることで、お客様が悪魔 であっても 神様 になってしまっていると思うのです。

もし、僕が 合鍵 を作って、それを子供が飲み込んで食道破裂したらどうなるでしょう?僕が責任を取らなくてはいけないのでしょうか?

少なくとも、子供の怪我、火傷、躾に関しては、親の責任だと思うのですがどうでしょうか?

すべてか一部かわかりませんが、常軌を逸した考え方が多くあるように思います。<モンスター何とか>と呼ばれる、常識のない人々、自己の利益ばかり追求する人々が多くなってきているのでしょうか?

・・・


いろいろ考えながら、地獄うどん を涙と鼻水を流しながら食べ終わりました。



結局僕は 4 を選択し、スタッフに 武勇伝 を誇らしげに話しました。

スタッフは

「アホとちゃうか?」

の一言でした。

僕はもう一度 涙 を流しました。
posted by ロン at 19:56| 瀋陽 | Comment(6) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月16日

ミッチャンに行け!

僕の店にお越しになられるあるお客様のお話です。

お客様(Aさんとします)は、いろいろな経歴の持ち主の方です。その中で先日お話になられた面白い話があります。ギャグのようなお話ですが本当の話です。

Aさんは仕事上、よく警察署に出入りされていたそうです。

ある日、警察署に行かれた時のことでした。Aさんの知り合いの刑事さん(Bさん)とお話をされているときに、一人の男(Cさん)がBさんに近寄ってきました。Cさんは、刑務所から出てきたばかり(極道関係)でした。

Cさんは
「このたびはご迷惑をおかけしました。ただいま戻ってまいりました」
と礼儀正しく頭を下げ、挨拶をしました。
Cさんの世話をしたのがBさんでした。

Bさんは
「もう、戻ってきたらあかんで」といって、刑務所の中での話をいろいろとされていたようでした。

「ところで・・」とCさんが、不安そうな顔をしてBさんに言いました。

「わし、刑務所に入ってたこと、息子は知らんのです。刑務所に入ってたなんてゆうたらかっこ悪くて。外国に行ってたことにしたいんですが、どないしたらよろしいでっしゃろか?」と、どうしようもないことを相談しました。

「それやったら、外国のみやげもんのひとつでも買って帰らんとあかんなぁ」とBさんが親身になって答えました。

Cさんは
「外国のもん、売ってるようなところ有りまっか?」と不安そうにBさんに言いました。

Bさんは、すかさず
「それやったら ミッチャン に行かんかいな!」と答えました。


・・ミッチャン・・


神戸に在住の方で、ある一定の年齢以上の方なら、この話が 懐かしい と思ってくださると思います(ちなみに ミッチャン とは、三宮センター街にあった、輸入雑貨の店です)。


・・地元ネタになりましたが、もし ミッチャン をご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひコメント下さいませ(ミッチャンのオーナーはものすごく無愛想な方でした)。



地元ネタ・・もうひとつ・・


JR大阪駅の立ち食いそば屋 「潮屋」 で、なんともいえない色っぽいハスキーな声で

「そば いっぱあぁ〜い」

とマイクに向かって注文を通していた、あの おばちゃん はまだいらっしゃるのでしょうか?(地下鉄御堂筋線に行く下りエスカレーターの端にあった 「潮屋」 です)。

ご存知の方、情報をいただければ、幸いです。
posted by ロン at 21:27| 瀋陽 | Comment(2) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月21日

シーザー

・・・・・

・・カギ屋の仕事 と言うより、僕の仕事で多いのは 合鍵作製とシリンダー交換、そして解錠です。

これらの仕事は物理的に結果がすぐに出る仕事です。

合鍵は、鍵穴に挿して回ればOK、シリンダー交換は、交換して鍵の機能が変わらなければOK、解錠は、鍵が開けばOKです。0か100の仕事です(物理的な仕事の結果を述べておりますので、接客、応対などのサービス面、店の清潔さなどはここでは割愛いたします)。

このような仕事に携わっているからでしょうか、僕は結果が 0か100では表せない仕事をされている方を、すごいなあと思っています。

結果が0か100で表せない事は、いろいろありますが、かいつまんで言うと 個人の感性に委ねられる仕事です。そういう仕事の代表は 味覚 を司る 料理人です。

料理人は、己の味覚と技術で、旨い料理を作るため、日夜努力をしています。料理人は、100以上の感動を、お客様に味わっていただくために命を懸けているのでしょう。僕は料理人のような生き方ができればいいなあとも思っています。

僕は 料理人 がすきなので、どうしてもここで言っておきたいことがあります。食べ物について旨いだの不味いだのいう人たちのことです。いわゆる グルメ セレブなどの言葉で表現されて喜んでいる人たちです。僕が大嫌いな人たちです(同じブログを書いている方を敵にまわすつもりはありませんが、ブログ上で飲食店に対して旨い不味いの評価を発表している方たちもその範疇です)。

まずはじめに、旨い 不味いは、個人の感性によるものです。旨い 不味いといえるほど、この方たちは味覚、感性が優れているのでしょうか?料理人が一生懸命つくった料理を、いとも簡単に旨い 不味いなどと言うほど偉いのでしょうか?

ただ、料理人 が作った料理を食べて、旨い不味いという人は、料理に対して知識などなく、味覚や感性に対してかえって劣等感を持っているのではないでしょうか?料理の味の表現によって、自分の語彙の多さ、感性の鋭さなどを他人に判ってもらおうとしているのではないでしょうか?しかし、もともと語彙や感性がない人たちが、命をかけて料理を作っている料理人の料理に対して旨い不味いというのは、本当に失礼だと思うのです。

大体「味に深みがある」や「素材の旨みが充分でている」などと、誰でも言うことができる抽象的な言葉で料理の味を表現していて、何が感性でしょう?わかりやすく表現ができないから、薄っぺらい抽象的な表現を使っているのです。

もっというと、自分の感性、味覚だけで旨い不味いを堂々と発表する、その勇気、というより あつかましさ に感動すら覚えます。

語彙や感性、そして理性や羞恥心がある人たちは決して他人の命を懸けてする仕事に対して、評価などしないと思うのは僕だけでしょうか?

要するに、頼んでもいないのに感性にうったえるものに対してあれこれ偉そうに上からの視線で見るなといいたいのです・・・


・・・・・


・・つまらないことで、なにを興奮していたのか・・ようやく我に戻った時でした。芸能界大好きのA君が僕の店に来ました。

いろいろ話をした後に、
「最近、本仮屋ユイカ あんまりテレビにでてへんなぁ。俺 好きやのに」
(僕の本仮屋ユイカ好きはA君もよく知っています。過去のブログ 十人十色 に僕が彼女のファンであることも書いております)というと

A君は

「もう あの娘 伸びようがないですよー」



Aっ!!おまえもかぁっ!!!
posted by ロン at 16:52| 上海 ?J| Comment(2) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月27日

その男

決して自分を謙虚に見せるためではありませんが、僕はお客様に対して強引なセールスは一切しません。カギや表札、印鑑など一通りお客様に説明して、お客様に納得していただいて、お買い上げいただいたり、取り付けに行きます。

商売人として押しが足りないかもしてませんが、これには2つの理由があります。

1つ目の理由は、表札や印鑑などのオーダー品が多いこと、カギ交換などセキュリティを扱うのでクレームが出た場合、その対処が大変だからです。お客様に完全に納得していただくように説明をさせていただいて、少しでもお客様が不信をもたれると、それ以上は余程の自信がない限りしがみつきません。

2つ目の理由は、僕の ある体験 から来ています。


15年ほど前のこと日曜日のことでした。

僕はその当時サラリーマンをしており、休日は市街地に出てぶらぶらするのが趣味でした。

夕方より少し早い時間でした。僕はその付近では有名なラーメン屋に入りました。時間が時間でしたのでかなり空いていました。

僕は贅沢にも、4人掛けのテーブルを1人で占領しました。頼んだのはラーメンの単品でした。

注文してしばらくしたときでした。1人のオタク風の男性が入ってきました。店内に入ってきょろきょろしていました。
その人は、1人なのにカウンターに座らず、僕のテーブルを目指して一直線でした。そして僕の目の前に座りました。そして僕と同じラーメンを注文しました。

確かにラーメン屋の席をどこにするかは、その男の自由ですし僕がこの人の席を決める権利はないので何も言えませんでした。

無言のまま、時間が過ぎました。なぜか心拍数が上がっていました。

しばらくして同時にラーメンが来ました。

その男は、ラーメンに箸をつける前に勢いよくコショーをふりかけていました。

僕は、ラーメンにコショーをかけません。もしかけるとしても、一口ラーメンを味わってからかけるかどうかを決めます。

僕は内心
(この男、ラーメンの味を確認することもなくいきなりコショーをかけるとは、味の分からぬ未熟者だな)と、少々優越感を味わっておりました。

僕が箸をわって、ラーメンにつけるときでした。信じられないことがおこりました。

その男はいきなり無言のまま、なんと恐れ多くも僕のラーメンにコショーをふりかけてきました。頼んでもしないのに、です。

その男が僕のラーメンにコショーをふりかけた後、コショーの容器をテーブルに置き、

「美味しいですよ」と言ってきました。

美味しいかどうかは僕が決めることです。

僕が、あっけにとられていると、今度はその男、ラー油の容器をつかんで、僕のラーメンを見ていました。明らかに僕のラーメンを標的にしていました。

気の小さな僕は最大限の勇気をふりしぼって

「それ(ラー油)は結構です」と小さな声でいいました。

その男は何もなかったように美味しそうにラーメンをすすってました。僕はものすごい恐怖とストレスを感じながら、その男と目を合わさないようにラーメンをすすりました。なぜ僕がこんな目にあわなくてはならないのでしょう・・・。

・・というわけで、僕は他人が望まないことを強引にはいたしません。
posted by ロン at 21:32| 上海 | Comment(4) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月25日

謙虚ということ

僕は、カギ屋になる前は会社員でした。会社員でありながら「カギの学校」に行って いつかカギ屋になろう という夢を抱きながら毎日を過ごしておりました。一時期は会社員とカギ屋の二足のわらじを履いておりました。

僕が通っていた カギの学校 はその当時、大々的に生徒募集をしておりました。そしてたくさんの生徒が入学して大いに盛り上がりましたが、あっけなくつぶれてしまいました。相当の負債を抱えての倒産でした。

大変不名誉なことですが、この カギの学校 の卒業生が逮捕される事件がありました。解錠技術を悪用してストーカー行為をしてのことでした。数件ありました。このこともあり、この カギの学校 を卒業したことを快く思っていない卒業生がたくさんいます。

自己が持っている技術を悪用する事は許されることではありません。特に犯罪に直結する技術の悪用は許されるものではありません。
解錠技術はカギ屋であるがゆえに 絶対に 悪用してはならないものなのです。

カギ屋の解錠技術のように、その職業であるがゆえにしてはならないことがあります。


先日、ある番組を見ておりました。某占いの番組です。

その 先生 がもうすぐ降板するとのことについては僕はあまり興味なかったのですが、このときのゲストがWATAMIの渡邉美樹社長でした。僕は渡邉社長の大ファンです。

礼儀正しく、深く挨拶をしながら渡邉社長が登場しました。さすがに謙虚な方だなぁと快く思っておりました。

社長が椅子に座ったときに
「どうして、何品か持ってこないのよ!」といきなりその 先生 が渡邉社長に言いました。渡邉社長は謙虚に「すみません」と言っておりました。

話も中盤になりました。

「あんた、お金を相当儲けたでしょ?」とその 先生 は渡邉社長に言っておりました。ものすごくいやらしい言い方に感じました。渡邉社長はその得た利益をカンボジアの子供たちのために学校を作っていると言いました。先生 の態度は一変しました。

これ以上の番組の進行の説明は割愛いたしますが、この番組をみて、渡邉社長は本当に謙虚であり 先生 には謙虚さがあるとは思えませんでした。


この 先生 は番組で、料理の腕も披露していらっしゃいます。このことで、自分は料理界の女王だと思っているのでしょうか?
外食事業、教育、介護事業に命をかけている渡邉社長に対して
「私が味見して、指導してあげる」とでも言いたかったのでしょうか?
渡邉社長が得たお金の使い道を聞いて態度を豹変させたのは(少なくとも僕は、先生 の態度が豹変したと感じました)どうしてでしょう?

僕は 先生 が精神世界の不透明性を己の自己満足のために利用しているような気がします。人の運命、宿命、人の歩むべき道を説く人物であるならば、謙虚さこそが占い師の核心ではないでしょうか?(先生も 謙虚になりなさいと、ゲストや、我々視聴者にのたまっていらっしゃいますが・・)

カギの技術者がその技術をもって罪を犯したり、公務員がその職権を利用して罪を犯したりするのは、謙虚さ が無くなっていると思うのです。自分の持っている技術や地位を利用することは、誰でもできるし醜いし下品です。究極的には 弱いものいじめ に繋がるのではないかとも思うのです。

まさかとは思うのですが、先生 が言葉を操り 弱いものいじめ をしている、と思っているのが僕一人の勘違いでありますように・・
posted by ロン at 22:31| 上海 ????| Comment(4) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月19日

思い込み

僕は、商店街に店をかまえているので、お客様のカギ交換依頼は、直接僕の店に来られることが多いです。そのときに僕はお客様がお持ちのキーを見せてもらい、メーカーを特定します。それから、お客様の扉についている錠前の特徴を聞きながら、錠前を特定していきます。

商店街なのでよほどの緊急でない限り、店を空けることはできません。お客様からの説明を聞いて、店が終わってから特定したカギ(錠前やシリンダー)を車に積みお客様の家へ向かいます。僕の車は小型のバンなので、余計なカギを積むことができません(僕は先日、車を小さいものに買い換えました)。僕の判断がその出張が一発で決めることができるか、無駄に終わるかを決めます。

先日のことでした。


お客様が
「鍵を落としてしまって、不安だから鍵を換えて下さい」と言ってきました。

僕は「お手持ちのキーを見せてください」と言って、キーを見せてもらいました。

GOALのピンシリンダーでした(カギ屋さんしかわからないと思います)。

それから
「一軒家ですか、マンションですか、ノブですか、レバーですか、鍵穴は、何処にありますか」などいろいろお聞きしました。

「マンションです。ノブです。鍵穴はノブの中にあります。内側はノブにつまみ(サムターン)があって、つまみをまわすとカギが閉まります」との説明でした。

僕は、今までの経験からこれはGOALのインテグラル錠だと思いました。


時間を見計らってお客様のマンションへ行き、扉を見ました。


見事に裏をかかれました。そのカギはお客様のおっしゃられたとおりの鍵でした。確かにノブの中に鍵穴があり、内側のノブにつまみ(サムターン)がありました。


その錠前はGOALの5350でした(カギ屋さんしかわからないと思います)。

結局、後日にもう一度お客様の家に行き、取替えました。



往々にして思い込みで、物事を決めてしまうことがあります。

今回のようなことは、しばしばあることでたいしたことはありません。


僕の今までの思い込みを紹介させていただきます。いろいろなところで恥をかきました。


オリビア ハッセーの子供は、オリビア9世だと思ってました。

デビッドボウイは、男の子だと思ってました。

玉ねぎは、生長すると長ねぎになると思ってました。

腰が直角に曲がったおばあちゃんは、寝るとき苦労すると思ってました。


未だに謎があります。

大沢誉志幸 と 加藤茶 が兄弟だという事は、本当でしょうか?

これ以上僕が恥をかかないように、ご存知の方は教えてください・・・。 
posted by ロン at 23:01| 上海 ??| Comment(2) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月11日

極めて私的な話

本当に馬鹿馬鹿しい私的な話です。

僕は、学生時代に吹奏楽部に入っていました。その名残かどうかは解りませんが 音楽 が僕の生活、仕事に深く入り込んでいます。そのためいろいろなシチュエーションごとに、僕の頭には 音楽 が流れます。

先ず、店のシャッターを開けるときは、ワーグナーの「タンホイザー」序曲が流れてきます。合鍵のお客様が来られたときは、これまたワーグナーの「ローエングリン」の(エルザの大聖堂への行列)が流れます。合鍵がディンプルキーの場合は、ビゼーの「カルメン」前奏曲です。


お客様によっても 曲 は変わります。


美人のお客様が来られたときは、バッハの「主よ、人の望みよ喜びよ」になり(オルガンとハープと少年少女の合唱が入ります)、ご老人の場合は佐藤千夜子の「東京行進曲」です(ノイズ付きです)。又、いきなりタメ口で来られた男性の場合は「ファイナルカウントダウン」になり、女性では「残酷な天使のテーゼ」になります。

まだ続きます。

シリンダー交換の依頼が来たときは、ファリャの「三角帽子」の(終幕の踊り)が流れ、シリンダー交換のためにお客様の家に向かう車の中ではラジオの音楽を差し置いてレスピーギの「ローマの松」の(アッピァ街道の松)が流れます。そしてシリンダー交換がうまくいったときはリムスキーコルサコフの「スペイン奇想曲」のフィナーレが流れます。


そして

一日の仕事が終わって、汗を流すために銭湯に行く車の中では、川嶋あいさんの「絶望と希望」が流れ、その銭湯で刺青を入れた人を発見したときは、何故か「津軽海峡冬景色」が流れます・・・

・・本当につまらないことを書いていると自覚はしているのですが、このブログを書いている間も、細川ふみえさんの「スキスキスー」が流れております・・・。
posted by ロン at 20:52| 上海 ??| Comment(6) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月08日

人間 この哀しきもの

僕がカギ屋になってから、2年が過ぎた頃のことでした。

以前の職場(ホームセンター)で一緒に働いていた部下(僕より1年遅れて新入社員で入ってきた部下、A君とします)が、カギ屋をすると言うことで店作りを手伝うことになりました。

A君が店をかまえる場所の近くにホームセンターがあり、僕とA君はよくその店で買出しをしていました。そのホームセンターは以前、僕とA君が勤めていたホームセンターでした(働いていた店舗はこの店舗ではありませんでした。このホームセンターは現在、全国チェーン展開をしております)。

この店舗に買出しをしていると、
「お久しぶり・・」とどこかで聴いたような声がしてきました。

MY君でした。

MY君は、僕がこのホームセンターに入社して、僕が働いていた店舗に1ヶ月ほど後に入ってきた同年齢の男でした。

僕とMY君は同年齢ということもあり、MY君が入社してからすぐに仲良くなり、夜はよく遊びまわったものでした。1週間のうちに3〜4回ほどは2人きりでメシを食いに行ったものでした。
MY君が転勤になり、僕がこのホームセンターを辞め、それからほとんど連絡を取っていなかったので、本当に久しぶりの再会でした。

お互いにこれまであったことを、いろいろ話したかったのですが、MY君は勤務中だったので、少しだけ話しました。僕がカギ屋になって満足していること、もしホームセンターに飽きたら、この仕事をしないか?と半分冗談半分本気で言ったりしました。MY君は、以前のように元気ではありませんでした。確かに合理化で人員が減らされていたので、正社員に負担がかかっていてしんどいのかな?と思っていました。少し買い物をしてレジを済まして

「また、ここに買い物に来るわ、ほんじゃ」と僕はMY君に言いました。
 
「じゃぁバイバイ」とMY君は元気なさそうに言いました。

これが僕が最後に見たMY君でした。




ある1月の寒い日の夜でした。僕の携帯に電話がありました。

僕はこの頃、ある特定の男の人からしつこい電話があり、その電話は故意にとらないようにしていました。下3ケタが同じ数字の番号でした。下3桁は奴の番号だと思っていたので登録もしていませんでした。しつこく鳴った後、切れました。

それから3日ぐらい経ったある日のことでした。

そのホームセンターで一緒に働いたことのある年下の元上司から、僕の携帯に電話がありました。

「MYさんが、亡くなりました」 彼もかなり動揺していました。

僕が「原因は?」と聞くと、「よくわからないんですが、今日、御通夜に行ってきました」と言ってました。

僕は、悲しくなりました。同じ年の人間が、まさかあんなに元気だったMY君が突然亡くなるなんて。人間の命は本当にわからないと思いながらも、MY君の亡くなった原因は何だったのか、究明したいと思っておりました。

僕がやめた当時の同僚や、部下、上司はまだたくさんそのホームセンターにいましたので、僕はMY君がどうして亡くなったのか、できるだけたくさんの同僚、部下、上司に聞きました。みんな、言うことがばらばらでした。脳溢血だ、内臓疾患だ、原因不明だとばらばらでした。僕は何か嫌な違和感を感じました。


それから1週間が経った頃のことでした。僕の携帯に例の下3ケタが同じ数字の番号の電話がかかって来ました。

僕は、又しつこい電話だと思い、しばらく取りませんでしたが、あまりにもしつこいので電話にでました。

女性の声で
「お宅様は、どちら様ですか?」と聞いてきました。僕が考えているしつこい相手ではありませんでしたが、しつこく鳴らされた上に、自分がかけている相手を知らずにかけているのはどういうことだと思い(いたずら電話かと思い)

「あなた、僕が誰かわからないのにかけているんですか?まして御自分の名前も言わずに、失礼だとは思いませんか?何よりもこの電話番号どうやって知ったんですか?」と僕は言いました。

「失礼いたしました。私、MYの姉です」

僕はびっくりしました。

「この電話は弟の電話です。発信履歴の最後にあった番号にかけたんです」
(僕はMY君の携帯の電話番号をもともと登録していませんでした。彼の電話番号も下3ケタが同じ数字でした。彼は僕の番号を登録してくれていました)。

一瞬にして、厭な 予感 がしました。
僕はこの 予感 が当たってほしくないと思いながら、恐る恐る
「M君はなぜお亡くなりになられたんですか?」と聞きました。

「自殺でした」

厭な 予感 が当たってしまいました。

この電話番号は、MY君の電話番号でした。僕が勘違いしてとらなかったのです(どちらも下3桁が同じ数字だったのを僕が勘違いしてしまったのです)

何より、あのときの電話は彼にとって 最後の電話 だったのです。彼は僕を最後に選んでくれたのです。

僕が最後にもし電話に出たとしても、彼の命を救えたかどうか解りません。ですが、僕は話す機会さえ彼に与えないという最も酷いことをしてしまいました。

遺書には自分を責める言葉がびっしり書かれてあったそうです。

つらいことがあった場合は、逃げればいいと他人は簡単に言いますが、真面目な人間ほど逃げることはできないのです。責任感がある人間ほど自分を追い詰めるのです。MY君は本当にいい奴でした。


人間 この哀しきもの


いくら後悔しても時間は取り戻すことができません。

僕は彼から人間の哀しさ、そして取り返すことができないことがあることを知りました。
posted by ロン at 22:59| 上海 | Comment(6) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月16日

虎の威を借る狐3

これは、僕が今までに見た中で一番醜かった出来事です。

今年の4月頃の頃でした。僕はカギや、表札の代金の支払いをするために郵便局(今では郵政公社というのでしょうか)と銀行に行っておりました。

郵便局の前に来たときでした。

親子連れでしょうか、車椅子に乗ったお婆ちゃんを一人の女性が後から押しておりました。おそらく母と子だと思いました。

その女性は、車椅子に乗っているお婆ちゃんに大きな声で何か言っているようでした。僕は聞くつもりではなかったのですが、あまりにも大きな声だったことと、その内容がお婆ちゃんの身体的欠陥をつきながら罵声を浴びせるような事だったので、ひどい印象を持ちました。

そのときでした。

ある女性が、自転車ついて郵便局に近づいてきました。

ちょうどその親子連れの後ろを通ろうとしていたところでした。

郵便局に前は、急な坂になっていましたので、車椅子を押すにはかなり苦しいものでした。

僕が見ているところから、ちょうどその女性と親子連れが重なったときに、親子連れが後ずさりしました。自転車のペダル部分にその車椅子を押している女性のくるぶしが当たったようでした。

一瞬の出来事でした。

「もう!何処見てるのよ!!気をつけなさいよ!!」

どう見ても、車椅子を押している女性が後方を確認せずに後ずさりをしていました。それでも自分が被害者のような言い方で、自転車をついている女性に罵声を浴びせました。その顔は憎しみを凝縮して、この世のものとは思えないくらい醜いものでした。


郵便局での振込みを済ませた後、少し時間がたって僕は銀行で振込みをしようとしていました。偶然にその親子も銀行のATMで何かをしているところに出くわしました。

この車椅子を押している女性が、この車椅子に乗っている女性に罵声を浴びせていました。その内容はあまりにも えぐい ことなので割愛させていただきます。


僕はこの光景をみて、人間の最も醜いところを見たと思いました。

この車椅子を押していた女性は、車椅子に乗っている女性をダシに好き放題していました。

人間が否定できない大義名分を振りかざして、我を通そうとしているのです。否定できない大義名分とはいろいろありますが、この場合は<弱者をいたわる>ということでしょう。

「弱者をいたわる良心のある人間」を装い、自分は何をしても良いと思っているのでしょうか?自分は弱者をいたわっている「聖者」だと思っているのでしょうか?

本当に心の底から<弱者をいたわる>のなら、どうして弱者に罵声を浴びせたりするのでしょう?


このような、人間の良心を逆手にとって好き放題のことをしようとする人間がいる限り、人間の心を操る人間がいる限り、

公金横領と不正受給はなくならないでしょう。
posted by ロン at 21:13| 上海 | Comment(4) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月22日

昇華

僕はカギ屋になって1つの こだわり ができました。

カギ屋という職業柄でしょうか、生活に関わる 物 事 については、その筋の職人さんに頼むようになりました。

その1つに、僕は特定の散髪屋さんに通うようになりました。

その方は評判がよく、店にはたくさんのトロフィーが飾られておりました。遠方からもたくさんのお客様がその店に通っておりました。又、調髪の技術のレベルの高さのみならず、その人柄からでしょうか、これほど気持ちの良い接客をされる散髪屋さんを、僕は見たことがありません。いつその散髪屋さんを覗いても、必ずお客様が待っています。


その店に通い始めて3回目のときでした。

いつものように何気ない会話をしておりました。いつものように気持ちの良い接客でした。

耳の上にはさみをいれはじめた時でした。会話が急に止まりました。

少し顔をかしげながら

「あなた、痩せた?」と僕に聞いてきました。

確かにその当時、僕はダイエットをしてました。前回の散髪をした時より2〜3kgほど痩せていました。

「今、ダイエットしてますんで2〜3kgほど痩せましたが。どうしてそんなことが分かるんですか?」と聞き返しました。


「毛の生える方向が若干変わってる。頭の肉がとれたんやろな」


僕はこの店を利用させてもらって3回目です。何度も来ている常連ではありません。もちろん前回の太っていたときの顔など覚えていなかったでしょう。

散髪屋さんは前回の僕の毛の生え方をきちんと覚えていてくれたのです。毛の生え方によって、おそらくハサミのいれかたをかえていたのでしょう。

僕は 感動 を覚えました。この人は本当の職人だと思いました。こんなにすごい人に調髪をしてもらっていることに 誇り さえ感じていました。

調髪が終わり、顔剃りがはじまりました。

座椅子が平らになり、僕は仰向けになりました。顔をそられながら僕は職人の 眼 を見ておりました。

力を込めてカミソリで口の周りのひげを剃っているときの 眼 は、剃っていくほどに険しくなっていきました。職人さんはカミソリの一剃り一剃りに全身全霊の力を込めているんだ、とあらためて感動しておりました。


顔剃りが終わり、座椅子の背もたれが動き始めました。

僕は自分がどんなに いい男 になっているか、鏡を見るのが楽しみでした。

背もたれの動きが止まり、僕の顔が鏡に映りました。

・・・職人の 眼 が険しくなっていった理由が理解できました。

僕の口の周りから 血 が噴出していました。

感動が、話のネタに 昇華 された瞬間でした。
posted by ロン at 21:40| 上海 ??| Comment(7) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月15日

カギ屋になる決心をした日

僕が1つ目の会社を辞めて無職の頃の事です。もう何年も前のことです。

その頃はだらだらと時間だけが過ぎていく日々を送っておりました。仕事の無い焦りと失望を抱えながら、毎日、車に乗ってあても無いドライブで時間をつぶす毎日でした。

ある日のことでした。

高校の時の友達(S君とします)から
「倉庫に作品があるんやけど運ぶの手伝ってくれへんか?」との電話がありました。

S君は家から少し離れたところに倉庫を借りていて、そこに彼の作品を預けていました。それを別の場所に移動するために車と人手が要るということでした。

何もすることの無かった僕は、車を走らせました。S君を車に乗せて倉庫に向かいました。

倉庫に着きました。

S君は倉庫の扉を開けるためにキーを取り出しました。しかしその扉に合うキーがありませんでした。おそらく紛失したようでした。

倉庫の持ち主に予備のキーがないか聞きましたが、持っていませんでした。

どうしてもその中の作品をその日に出さなくてはならないので、その扉を開けるために カギ屋 を呼ぶことになりました。

僕たちが倉庫に着いたのは、ちょうど昼時でした。僕はS君と昼食を食べることにして、その時間を利用してカギ屋さんに扉を開けてもらうようにしました。

昼食が終わって倉庫に着くと、カギ屋さんはとっくにカギを開けて新しいカギを取り付け、正常に機能するかのテストをしておりました。


僕は常々、カギは「キー以外では開かないもの」と思っており、キー以外でカギを開けることは、高度な技術、特殊技術が必要だと思っておりました。そのとき僕は、そのカギ屋さんが特殊技能を持つ 神様 に見えました。

それから僕はずっと、その光景を事あるごとに思い出しては、カギ屋に対する あこがれ を抱き続け、その想いは日増しに強くなっていきました。

ひょんな偶然から 神様 を見た日でしたが、この日が、僕がカギ屋になる決心をした日でした。



それから何年も経ち、僕は念願のカギ屋になり店を持つことができました。


先日、久しぶりにS君から
「倉庫に作品が・・?」の電話がありました。

前の店を辞め、独立をして新たに店を構えて1ヶ月も経っていませんでした。売り上げもあまり芳しくなく、焦っているところでした。

僕は時間どおりに店を閉めて、S君を車に乗せて倉庫に向かいました。

日頃のことをおしゃべりしながら作品を運び出しました。僕は自分の仕事のことを話しました。

「そういえば、この倉庫でカギ屋さんを見て、お前(僕のことです)カギ屋になろうと決心したんやったな」

心の底に封印されかけていた 情熱 が解き放たれた瞬間でした。
(僕はS君に、あの時がカギ屋になろうと決心したことを話したことさえ忘れていました)

新しく店を出して間もない僕の、焦り、不安な心を察してくれたのか、忘れかけていた純粋な あこがれ の気持ちを思い出させてくれた一言でした。

S君のこの一言で、僕はもう一度初心に帰ることができました。この日は、僕がもう一度カギ屋になる決心をした日でした。


僕はこの倉庫で、時を経て2人の 神様 に出会いました。


:ちなみにS君は日本のみならず、海外で活躍している海外在住のアーチスト(芸術家)です。
先日は日本での展覧会のため、少し日本に立ち寄って、またすぐに日本を離れて行きました。

新しく店をオープンしてのこのタイミングにS君と再会できたのも 神様 の力でしょうか?
posted by ロン at 20:17| 上海 ????| Comment(3) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月14日

あこがれ

合鍵を作っていてうれしいことが2つあります。

1つは、僕が作ったカギが用を成したことを、わざわざ、又は、近くに寄られたついでに「ありがとう。合鍵回ったで」といいに来て下さることです。

もう一つは、僕が合鍵を作る時に、小さな子供がみて、興味を示してくれることです。

僕も小さな時は、ものが出来上がる工程にものすごく興味がありました。おそらく僕が合鍵を作っているところを見ている子供は、僕が幼いころに抱いた気持ちと同じ気持ちを持っているのでしょう。

手打ちうどんの実演やポン菓子、綿菓子など、ものができる工程を見ながら、それらを作っている人たちを僕は、すごいなぁ と思いながらよく最後まで見ていたものでした。特に合鍵を作る人に対しては、「この人はすごい技術を持っているんだろうなぁ」と思いながら見ていました。僕にとって カギ屋 はあこがれの職業でした。


僕はカギ屋になりましたが、カギ屋になった今でも僕は あこがれ の気持ちを絶えず持っています。カギに限らず僕自身が持っていない技術や能力を持っている人には、老若男女問わずあこがれの気持ちを抱きます。


今、僕は ある人 にあこがれの気持ちを抱いています。

その人には特別な能力と技術があります。僕には無い卓越した能力と技術を持っております。

テレビに出ているあこがれのその人を見ていると、僕は胸が高鳴ります。その人の技術、能力をじっと見るたびに、あこがれが強すぎるせいか、鳥肌がたち気持ちが悪くなるほどです。

その人とは

ギャル曽根さん

です。
posted by ロン at 20:32| 上海 ????| Comment(0) | TrackBack(1) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月02日

ささやかな願い

一昨年のクリスマス近くのことでした。

僕は、彼女を食事に誘おうと思い、店を探していました。大げさなことを言うわけではありませんが、僕もカギ屋、商売人としていろいろな店(同業種、他業種)を回って、接客の応対を見ます。彼女との食事ではありますが、仕事だと思っております(このようなことを友達に言うと 言い訳すな!とたしなめられます)。

僕は未だに電話をかけるのが苦手なので、これは と思う店に直接予約を取りに行きます。

以前に行ったことのあるイタリア料理の店に予約を取りに行ったときの事でした。

「あの、この土曜日に2人、7時に予約したいのですが」

この店は、駅のすぐそばにあるビルの高層階にあるカジュアルな店でした。美味しく、雰囲気がとてもよい店でした。

「少々お待ちください」といって、カウンターにいた女性が一枚の紙を取り出しました。

その紙を見ながら、その女性はこういいました
「土曜日は、予約でほぼ満席です。お客様を予約で入れてしまいますと、その日に来られるお客様の席が無くなってしまいます。当日にお越しいただいて、そのときに席が空いておりましたらご利用ください」

僕は、耳を疑いました。

「ここは、、あらかじめ予約しにここまで来た人より、その日にきた人を優先するんですか?」と僕は聞きました。

何か困ったような顔をしていましたが、その店のオーナーと思われる女性も来て
「申し訳ございません。うちはそうさせていただいておりますので」と作ったような困った顔をして言いました。

おそらく、何が問題なのか、僕の質問の意味さえこのオーナーはわかっていないようでした。

僕は、この店での食事はしないことにしました。

そしてこの店に対して

ささやかな願い

を心の中でしました。



今日、ある用事でこのビルの前を通りました。
「そういえばあんなことがあったなぁ」 と懐かしいような気持ちでその店のあった高層階に目をやりました。

すると・・

・・店がありませんでした。


家も店も心も狭いカギ屋の

ささやかな願い

が、叶ってしまいました・・
posted by ロン at 22:55| 上海 | Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月26日

人を引き寄せる能力

僕はカギ屋という仕事をしていて、又、仕事から離れても、今までにたくさんの人と知り合うことができました。お客様、業者さん、同業者さん、その他、かけがえの無い人と知り合うことができました。

僕は知り合った人の中で、特別な能力を持ってられる方がいます。

その能力とは 人を引き寄せる能力 です。

その方が来られると、僕の店は必ずたくさんのお客様が来られるのです。今まで閑散としていた店に、その方が現れると、急に忙しくなるのです。今までに3人、そのような能力を持った方に出会いました。そして今でも交流は続いております。

招き猫 ならぬ 招き人 です。


その方々に
「あなたが来られると、お客さんがたくさん来ますから、ずっといてください」と、冗談めかして言います。心は本気です。

数年前に、その中の一人にそのようなことを言ってみたことがありました。

「いやー、みんなにそんなことを言われるんですよ。僕の周りの人はものすごく成功しているのに、僕は人に幸運をふりまくだけで、僕自身は何にもめぐってこないんです」と返されました。

お話を聞いてみると本当にその方を取り巻く人は、いろいろな方面で成功していたり、お金持ちになったりしています。

現在、その方は会社を興され、インターネットであるものの販売をして成功しています。人に幸運をふりまいて、自分も成功しました。

「いやいや、そんなことはないですよ」と謙遜していましたが、人間には目に見えない 能力 が確かにあるんだと思いました。


僕はもともと 招き人 ではありませんが、最近、特に僕には 人を引き寄せる能力 がないことを感じています。

なぜなら

彼女と

宮崎あおいさんが

僕から離れていきました・・
posted by ロン at 20:55| 上海 ??| Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月17日

真の理由

僕は僕名義の携帯を5台持っています。

1号電話は、僕個人とビジネス用の電話で、最も古いものです。僕はこの番号を仲の良い友人や、重要な取引先に伝えております。

2号電話は、出張工事があったときなど、この電話からお客様にかけます。自分でも未だに番号を覚えていません。この電話にかかってきても通話することはありません。登録も一切しておりません。こちらからの一方的な確認のための電話です。

3号電話は、親が持っています。親子用のトランシーバーのようなものです。家族割なので通話料も安いらしいです。


1号から3号まではauの家族割です。3台ともそんなに使わないので通話料は毎月ほとんど一緒です。


4号電話は、新しくビジネスを創めたので、そのための新しい電話です。

5号電話は、新しくビジネスを創めたことに伴い、僕のパートナーに渡している携帯です。


4号と5号はSoftbankで、ある特別なプランのため基本料金を超えることはほとんどありません。本当にお得なプランです。


1号から5号まで、それらしい利用の裏づけを述べましたが、僕が5台の携帯を持つ真の理由は別にあります。


それは


僕は、口車に弱いのです・・・
posted by ロン at 22:52| 上海 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月05日

成長

鍵の仕事に関して、ものすごく正直なことを書きます。

お客様の要望に応えることができるのですが、いろいろ考えると請けたくない仕事があります。

それは、即座に対処できないのですが、時間をかければ対処できるもので、なおかつカギ屋に来られなくても用が足りる類の仕事です。

一例を挙げますと、お持ちになられた壊れたカギが、カギ屋が在庫を持っていない物であって、ホームセンターなどで売られている場合です。通常ホームセンターで販売されているものは安価です。僕が取り寄せをすると送料や家賃で採算が合わないものです。

僕はそういう時
「ホームセンターでその鍵は売っておりますよ。うちで買われるよりも安くて早いですよ」と言います。往々にしてお客様はホームセンターに行かれて安く買った後に
「兄ちゃん、ありがとう」と礼を言ってくれます。僕もほっとします。



他を薦めて感謝される、ということは程度によって気持ちのいいものですが、度を過ぎると焦ってしまうことがあります。


僕がカギ屋をする前のことでした。僕がホームセンターに勤めていたときのことでした。ある年の8月のことでした。

近所の中学生の男の子が
「技術の宿題で、木を使って何か作らんとあかんのですが、どうしたらええか思って・・」と僕に聞いてきました。

その子は僕に手伝ってほしかったのでしょうが、残念ながら時間を使ったらでき、なおかつ僕でなくてもできそうなことだったので僕は手伝いたくありませんでした。

僕は
「ホームセンターに行ったら、背もたれつきのイスの形をした木で作られた花台があるわ。俺が作るよりもうまいこと作っとうから、それ利用したらええねん。そのまま出したらばれるから、少し足を切って低くしたらええやんか。あと、ニスを塗って色を変えたら完璧や」といいました。


夏休みも終わり2週間ほど経ったある日、男の子が僕の家にやってきました。蒼い顔色をしていました。

「ホームセンターで花台買って、お兄ちゃんの言うとおりにしたら市が主催する作品展に出品されることになってしもてん。どうしたらええかわからへん」

僕に 成長 という言葉はあるのでしょうか?
posted by ロン at 23:21| 上海 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月31日

十人十色

僕が一番好きなカギ(シリンダー)は、GOAL社のV18シリンダーです。

防犯性が高く、使いやすく、形が良く、合鍵が作りやすいので僕は大好きです。

これと並んで、WEST社のリプレースシリンダーもなかなかのものです。

僕は、カギ(シリンダー)交換の依頼が来ると、V18シリンダーで対応します。ただ、対応ができないもの(MIWA、GOALの一般的なシリンダー以外のもの)に関しては、WEST社のリプレースシリンダーで対応します。

これらのカギ(シリンダー)と比べて、もっと防犯性の高い鍵があります。スイスのKABA社のカギや、イスラエルのMULTILOCK社のカギです。

合鍵を作ることが困難であることと、破壊に対して優れていることで、日本製のものより防犯性が高いと評価されているでしょう(表示ではGOAL社、WEST社のシリンダーよりも優れている日本のメーカーのシリンダーもありますが)。

僕は、どれだけGOAL社、WEST社のシリンダーよりも防犯性に優れているカギがあったとしても、GOAL社、WEST社のカギを優先させます。これは理屈ではありません。僕がお客様の立場なら余計な防犯性の高さよりも実利を優先させます。

客観的な評価というものは、ある意味では物理的で絶対的なものですが、主観的な評価は十人十色なのです。



今年は、ある日本人女性がミスユニバースに選ばれました。

これは、世界の審査員が選定した客観的評価です。本当に素晴らしいことです。世界に誇れることです。

しかしながら僕は、昨年の 知花くららさんの方が優れていると思います。この評価に根拠はありません。僕の主観的評価です。主観的評価とは 好み です。


僕の主観的評価では

本仮屋ユイカさん
宮崎あおいさん

そして
三倉茉奈さん

です。


あのー 変な目で見ないで下さい・・・ 
posted by ロン at 19:10| 上海 | Comment(0) | TrackBack(1) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月30日

家花不如野花香

僕は仕事をしていていつも思うことがあります。

僕は何処にいるのだろう?
僕はカギ屋としての資質を持っているのだろうか?


お客様のご要望に応えられない時、難しい仕事に直面したとき、どうしていいかわからない時。

僕はこのような時、他のカギ屋さんならどのようにするだろうと思うのです。

時には難しいことを乗り越えて、お客様も自分も満足することもあります。どうしてもお客様の要望に応えることができないとき、同業者のカギ屋さんにヘルプを頼むときもあります。また、他のカギ屋さんからヘルプを頼まれて僕自身も、そしてお客様も満足のいく結果を得ることもあります。そうでないときもあります。

僕は、今、カギ屋としてどのレベルにいるんだろう?


 家花不如野花香

家に咲く花は野に咲く花ほど香らない・・・
これは中国語ですが、日本語で言えば 隣の芝生は青い という意味です。自分よりも他人の方が優れていると思うことです。


 家花未必不如野花香

家に咲く花は野に咲く花ほど香らないとも限らない・・・


僕は、この二つの言葉の間(はざま)で仕事をしています。

もし、この二つの言葉をバランスよく感じることなく、劣等感のみが僕の心を支配することになったとき、又、傲慢さが僕の心を支配することになったとき

僕はカギ屋をやめることになると思っています。
posted by ロン at 22:49| 上海 | Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月20日

焦り

ある日のことでした。

「以前にそちらで取り替えてもらったカギですが、急に抜けなくなりました」との電話でした。

カギが抜けなくなる理由は、カギの種類によったり、カギに異常があった場合などいろいろです。

僕はその方に
「そのキーに何と刻印されていますか?」と聞きました。

キーのメーカー(合鍵の場合はブランクキーの番号)からシリンダーの種類が判れば、大体の対処の方法が想像できます。

「防犯性の高いカギで、外国製のカギです。持つところが黒くてM・U・L・・とか何とか書いてます」
厭な予感がしました。もし僕が思っているカギなら、抜けなくなると本当に厄介なカギです。イスラエル製のダブルディンプルのカギで無いことを祈りましたが、祈り空しく、正にそのカギでした。

「今すぐに参りますので、そのままにしておいてください」といってご住所をお聞きして準備をしました。

そのカギは、キーのある部分がかけ落ちると、ピンが窪みに刺さったまま抜けなくなります。抜けなくなる理屈は知っていましたが、もしそうだったら初めてのケースでした。どうやって抜こう?と考えながらその方の家に向かいました。

その方は扉の前で待っておられました。

「急になんですが、抜けなくなったんですよ」とそのカギを指差しました。

恐る恐るシリンダーを見ました。キーが刺さったままでした

「こうやって抜こうとしても、どうしても抜けないんです」

その方は こうやって とキーを持って、カギを回し始めました。

僕は、その姿を見たときに一発でキーを抜く方法を思いつきました。

というより、それは抜けなくなったのではなくお客様の勘違いでした。

その種のシリンダーのキーが抜けなくなった場合は、鍵穴が横を向いたまま、キーが回らなくなります。キーが回るということは、キーを抜く位置を間違えているだけのことでした。このシリンダーは、キーを挿した位置に戻して抜きます。僕は元の位置に戻してキーを抜きました。

その方は、唖然とした後、僕に何度も「ごめんなさい」と言って、頭を何度も下げました。



焦っていると正常な判断ができなくなったり、今までの習慣を忘れたりするものです。その方は、家事が遅くなって娘さんのお迎えを焦っていたようでした。

僕は、焦って駅のトイレで 女性用 に間違えて入ったことがあります。
posted by ロン at 22:16| 上海 | Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月12日

味方が敵になるとき

防犯性の高い鍵が引き起こす不便を紹介いたします。

その方は僕の店で、防犯性の高い鍵(シリンダー)を買って、ご自分でお付けになられました。そのシリンダーは、ピッキング、破壊に対していづれも10分以上の時間がかかるというものでした(この表示は各メーカーに義務付けられているものです)。

僕はいつもシリンダー交換をするとき、シリンダーを販売するときには必ず
「今つけた鍵(販売した鍵)は、防犯性が極めて高い鍵なので、絶対にキーをなくさないでください」といって、もともと付いているキーにプラスして、合鍵を1本サービスします。これはキーを紛失すると、解錠が極めて困難だからです。

その方は、買ってからすぐに御自分でシリンダー交換をされました。そして、数日して鍵をなくされたそうです。夜遅く。

最初に僕の店に電話をかけてくれたそうですが、僕の店は、店がオープンしているときに承ったシリンダー交換、解錠などの錠前業務は店が終わってから出張工事しますが、8時になると閉店するので8時以降の業務は基本的にしません。というより、店にかかってくる電話を転送しないので、閉店以降は、鍵の仕事の依頼があることさえわかりません。

その方は、電話帳で別の鍵屋に電話をして来てもらったそうです。

結局、夜遅くから破錠を開始して、2時間ほどかかったそうです。ドリルの刃を3本ほど駄目にして、ドリルドライバーでは歯が立たず、隣の家から電源を貸してもらって、電気ドリルで何とかシリンダーの破壊に成功したそうです。ドアが開いたときは、拍手をしたそうです。


その方から、久しぶりに電話がありました。

「友達が鍵無くしてん。開けてくれるかなぁ?」とのことでした。

とにかく行って見ないことには解錠ができるかどうかわかりません。待ち合わせをしてそのお宅に行きました。

賃貸マンションの3階でした。端っこの部屋でした。付いていたシリンダーは防犯性の高い鍵でした。
ピッキング、破錠が困難な場合は、シリンダーを介さずにドアの構造上の弱点を攻めて鍵を開けますが、このドアは完璧な防犯対策がされていました(詳細は書かないことにします)。

僕は、
「あなた以外にどなたかキーを持っている方はいらっしゃらないでしょうか?」とお聞きしました。賃貸なら大家さん、又は管理会社がキーを持っているはずです。

お客様は、浮かない顔をしました。

よくよく聞いてみると、この部屋の名義人は依頼主ではなく、依頼主はこの部屋を名義人から借りているとのことでした。つまり又貸しでした(免許証には、ここの住所が書いてあったので、僕はてっきりこの人の部屋だと思っていました)。しかも、名義人はかなりの神経質な人だったらしく、大家さんの許可を得ないで勝手に扉の防犯対策をしたということでした。

マンションなので、隣の部屋からベランダ伝いに入ろうかとも思いましたが、隣は空き家でした。隣の部屋のシリンダーはディスクシリンダーでしたが、勝手に入るとまずいので、何もできませんでした。

結局、その方は名義人からキーを郵送で送ってもらって(名義人はかなり遠いところに住んでいる人だったので、キーが届くまでの数日間は友達の家で泊まっていたそうです)無事に部屋に入れました。


鍵は、秘密や安全を守るための力強い 味方 です。

しかし、キーをなくすと頑固で不便な 敵 に豹変します。

人間関係も 何か をなくすと、味方が敵になります。

信頼、信用という キー をいつまでもなくさないようにしたいと思います。
posted by ロン at 21:27| 上海 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月06日

微妙な違い

どうしても解せないことが年に一度、又は二度ほど発生します。

作った合鍵が回らないことです。何度作り直しても合鍵が回らないことです。

これは、ディンプルキーによくある現象です。

普通にあるディンプルキーですが、特定の一本がどうしても回らないのです。

僕の店は、エコドリルと、306Aがありますが(ディンプルキーを作る機械です。鍵屋さんしか解らないと思います)、どちらで作っても回らないことがあります。

僕の店は、決してディンプルキーを切る機会が少ないわけではありません。ほとんどは一発でOKなのですが、相性があるのでしょうか?

多いのはWESTのリプレースキー、特に916です(これも鍵屋さんしか解らないと思います)。簡単なのですが、どうしても、何回作り直してもだめなことがあります。



僕は、微妙な違いが解らないわけではありません。

僕は、ほんの少しの違いが解る男です。


三倉茉奈、佳奈の違いは解ります。

僕は茉奈さんのファンです。
posted by ロン at 22:32| 上海 ????| Comment(1) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月29日

物物交換

僕は今までに、仕事の代償として代金をいただく代わりに、全額又は一部を、物でいただいたことがありました。二度ありました。

1つ目は、ある中華料理屋さんでした。

「カギがな、まわらないな。開かないな。来て直してな」

中年の女性でした。その発音から中国の方だとわかりました。

僕は
「ニーハオ。行きます」と言いました。
「じゃ、頼むな」との事
「オッケー」と、僕が答えました。

3ヶ国語での会話でした。


その日の夜に、早速伺いました。

一般的なレストランや、食堂にある開き戸でした。

カギを受け取って、挿してまわしてみました。なかなか回りませんでしたが、ふとした拍子にシリンダーごと回りました。

とりあえず室内側のサムターンをはずそうとしましたが、ビスが見当たりません。ケースに何かあると思い、ケースのフロントをはずしました。MIWAのBHのようにビスがありました(ここのケースはBHではありませんでした。僕もはじめて見るケースでした)。

結局、そのビスを閉めなおしてスプレーをふったら軽く回るようになりました。

「シエシエ」といわれました。とっさに
「ユーアーウェルカム」といいました。

「いくら?」と聞かれましたが、こんなことでお金をいただくのは心苦しいので、手を振って いらない のゼスチャーをしました。

すると
「ちょっと待って!」といって、その女性はその場を離れました。

3分ほど経ちました。

その女性は
「これあげる な。食べる な。これ、野菜の饅頭 な。お礼 な。」といって、豚まんのようなものをくれました。

家に帰り、早速その野菜の饅頭を食べました。

ものすごく美味しかったので、ビールがすすみました。


しばらくして、その店の前を通る機会がありました。車から除くと、その女性ともう一人の女性が、店の厨房で料理をしておりました。

やはり、女性ならではの味付けだから、あんなに美味しい饅頭ができるのでしょう。



2つ目は、ある建設会社の社屋のカギの取替えをしたときのことです。

事務所のインテグラル錠を取り替えました。ディンプルキーのインテグラル錠でした。いつもお世話になっている社長さんなので、できるだけ安くしようと思いましたが、従業員にカギを渡すために、スペアキーを多く作らねばなりませんでした。安くしたつもりで

「21000円です」といいましたところ

「きっちりにしてーや。頼むわ」といわれました。

「それはちょっと・・」というと

「ちょっと、こっちこいや」と言われました。

僕は、1000円のために、袋叩きにあうのかと思いました。

恐る恐る社長の後を付いていくと

「あんた、野菜好きか?」と唐突に聞いてきました。

敷地を利用して、菜園を作っておりました。かなり広い菜園でした。

「これ、やるわ」といって、大根とほうれん草を大量にくれました。

そのときの大根の実勢価格は、一本198円でしたので、大根だけで評価額は軽く1000円を超えておりました。

いただいた大根とほうれん草を、少し僕の店のスタッフにおすそ分けして、大半は僕が持って帰りました。

その日の夜に、いただいた大根をおろして、ほうれん草をオイスターソースでいためました。

ものすごく美味しかったので、ビールがすすみました。


人から頂いたものほど美味しいものはありません。
posted by ロン at 20:04| 上海 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月25日

泣きながら仕事をした日

それは1本の電話からはじまりました。

「間違ったものが来てますよ!」

僕の店はカギ屋ですが、印鑑、表札も販売しております。

そのお客様は、僕の店で表札の注文をされた方でした。

「校正でOKしたものとは違うものが来てます。(住所の)番地が抜けています」

お客様は、もう門柱に接着剤をつけて表札をつけたところで、気がついたそうです。僕は
「表札は、剥がれますか?剥がした状態でお待ちください。すぐに伺います」といって、飛んでお客様の家へ伺いました。

門柱(ステンレス製のモダンな今風の門柱でした)には、しっかり接着剤の痕がついておりました。僕は持っていった皮切り包丁でできるだけ接着剤をそぎ落とし、ちゃんとした表札をできるだけ早くメーカーに作らせて、取り付けに来る約束をしました(通常は表札をお渡しするまでが僕の店の仕事です。貼り付けはお客様がされます)。

数日して、ちゃんとした表札が来ました。僕は早速お客様に連絡を取り、お客様の家に向かいました。

僕の店からお客様の家までは、車で約15分ぐらいでした。僕はお客様の家へ一目散に向かいました。

お客様の家に着くまでに、想像できないことが起こりました。

ラジオで、ある芸能人の話をしておりました。

内容は



ある田舎に住んでいる芸能人が若いころ、一旗揚げようと東京に行こうと思っていましたが、母親から大反対されたそうです。その芸能人は、母親の反対を押し切って、ほとんど親子の縁を切った状態で東京に行ったそうです。
それから、しばらく歌が売れない状態が続いたそうですが、ある曲が大ヒットしました(僕もその曲はリアルタイムで知っていました)。
その芸能人は、たくさんのギャラが入ってきて金持ちになりましたが、やはり自分が捨てた故郷、何よりも母親が忘れられなくて、大金を持って故郷に帰ったそうです。10万円の札束をたくさん持って帰ったそうです。
有名になったその芸能人を、故郷の友達は諸手を挙げて歓迎しました。
友達に、ひとしきり10万円の札束を渡した後、お母さんにも札束を渡そうとしましたが、タイミングが悪く、ずっと渡しそびれてました。
結局、楽しかった故郷での日々が終わり東京行きの列車に乗るときに、見送りに来てくれた母親にこそっと札束を渡そうとしました。
母親はその芸能人がお金を渡そうとする前に
「東京まで時間があるだろ。おなかもすくだろ。これをもってお行き」といって、くしゃくしゃの千円札を3枚、その芸能人に渡したそうです。その芸能人は東京につくまでその3千円を握り締めて泣いていたそうです。親子の愛情の話でした。



僕はこの話の15分間で、瞼が熱くなり、涙が溢れ出し、鼻水が垂れはじめ、最後には顔がくしゃくしゃになってました。

顔がくしゃくしゃになったときに、運が悪くお客様の家に着きました。

僕は、そのくしゃくしゃの顔のまま、表札と接着剤と養生用のテープを持って、チャイムを押しました。

その家の奥さんは僕のくしゃくしゃになった顔を見るなり、一歩後ずさりして
「どうしたんですか?」と聞いてきました。

「このたびはご迷惑をおかけして申し訳ありません。今、ラジオでものすごい良い話をしていたんです!!」と、仕事には何も関係の無い話をしてしまいました。

「それでは、早速表札を取り付けさせていただきます」と、涙声で門柱に表札を取り付けようとしました。

僕は、その芸能人の話を思い出してしまい、又、鼻水を垂れ流し、泣きながら表札を取り付けました。

奥さんは、僕を 変なおじさん を見るような目で見ていました。

結局、表札はうまく貼り付き、お客様は満足されたようでした。



その後、そのお客さんは二度と僕の店に来てくれなくなりました。
posted by ロン at 21:32| 上海 | Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月24日

虎の威を借る狐2

僕は、カギ屋として今の場所に店をかまえるまで、某ホームセンターで正社員として働いていました。
このホームセンターで学んだことは数多くありますが、特にある店の店長は僕の教師でした。いわゆる反面教師でした。

僕がそのホームセンターに就職したのは、阪神大震災の翌年でした。配属された店は、まさに震災の被災地にあった、その当時ではかなり大きな店舗でした。
震災の復興で、その店は通常では考えられないほどの売り上げを誇ってました。

僕が配属された当時の店長は、本当に尊敬できる店長でした。自ら売り場に出て一生懸命働き、とにかくお客様を第一と考えて常に行動をする店長でした。年は50歳くらいでしたが、もっと年をとっていたように見えました。通常の管理職よりも数多くの苦労をされていたことが、その顔から滲み出ておりました。それを愚痴一つこぼさず、本当に頑張られていました。月日が経つにつれ、歯が抜けていくのがわかりました。僕はこの店長から人間として、社会人としての指導を数多く受け、叱咤激励を受けました。恥ずかしながら泣きながら受けたこともありました。

この店長が、この店を離れるときが来ました。もともと取締役でしたのでご栄転でした。店長は最後までこの店での引継ぎをされていました。

新しい店長が来ました。

僕と同じ年でした。筋肉質で良い顔をしておりましたが、人と会話をする時は、瞳孔が丸くなってました。おそらく小心者であるということがすぐにわかりました。

この店長(M店長としますが、店長という呼称をつけるにはおこがましいのでMとします)は開口一番
「汚い店やな」と言ってのけました。
「こんな汚い店にした○○店長(前の店長)のせいで、これからが大変です」との意味合いのことを言っておりました。

確かに汚い店でした。忙しいからということが言い訳になるとは思っていませんが、見たことをそのまま言うMのその稚拙さに嫌悪を感じました。従業員の誰も好き好んで店を汚くしているわけではありません。間接的に前の店長をけなすことによって、自分を優位に思わせたかったのでしょう。



数日が経ちました。

その店の僕の友達(Oさんとします)がMに呼ばれました。人目のつかない工具の倉庫に呼ばれました。Oさんは工具の担当になったばかりでした。

Mは
「これは何ですか?」と古い伝票がついた工具を目の前に広げました。これらは、Oさんの前任者がメーカーから取り寄せた別注品でした。別注品なので転売ができないものばかりでした。すでにキャンセルされたものばかりで、いわゆる不良在庫でした。

「これを買い取ってください」とMはOさんに言いました。Oさんはどうしようもないことを言われていました。Oさんはどうして会社のミスを個人で負担しなくてはいけないのか、Mに言いました。結局、Oさんの気迫に負けたのか、それ以上は何も言いませんでした。突っ張り通せない喧嘩なら売らなければいいのに、Mは恥をかいただけでした。

もし、Oさんに会社のミス、前任者のミスの責任を取らせるつもりであれば、M自身が前の店長の責任をとって、店全体の汚さをM自身の個人的負担できれいにするのが筋ではないでしょうか?

Oさんに店の損害を負担させようとした行為は、虎の威を借る狐以外のなにものでもありません。店長という地位を利用して部下に無理を押し付けることは、今日ではパワーハラスメントと言います。そのようなことを平気でするその常識の無さ、大胆さにはある意味では驚嘆いたします。

又、Mは、自分がこのホームセンターという 虎 をなくした場合は、自分が何もできない 狐 であることを理解しているのでしょうか?

会社という看板、店長という地位を利用して無理を押し通すことは、馬鹿でもできることです。そして馬鹿に限ってそのようなことをします。


僕が、Mに対する嫌悪はこれだけではありません。

Mが終礼のときに言った言葉です。
どういう話の内容だったかは覚えておりませんが、その話の後に

「もし私がこの店の店長を離れたら、L(Lではじまるコンビニエンスストア)の店長にしかなれません」との言葉をのたまいました。かなりコンビニの店長を馬鹿にした内容でした。


大きなホームセンターの店長なので、コンビニの店長よりは世間的にはよく見られるかもしれませんが、Mは個人事業の大変さを理解した上でコンビニの店長を引き合いに出しているのでしょうか?これをコンビニの店長が聞いたらどう思うでしょう?責任を一手に引き受けることのない一社員が、個人事業者を見下すほど偉いのでしょうか?(会社員が責任逃れができるという意味で言っているのではありません。個人事業者は、責任を一手に受けて、身をはって仕事をしているということが言いたいのです)


Mとは最初から言葉も交わすことなく、僕はすぐに他の店舗に転勤になりました。ある意味では以心伝心と言うところでしょうか?


Mは、その後、その店の店長から一定の地域を統括するエリアマネージャーに出世しました。この人事で、このホームセンターのレベルの低さが解りますね。

僕はある意味で、このモラル無きホームセンターに就職し、一定の期間を社員として過ごせたことを、よい勉強だったと思っています。
posted by ロン at 23:08| 上海 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月23日

携帯から見える社会の構造

僕の店の近くに、携帯電話のショップがあります。ソフトバンクのショップです。

その店の店長に、今、どの機種が売れているかを聞きました。

「今、コドモバイルがけっこう売れているんですよ」

僕は単純に(少子化なのに子供用携帯が売れているのは、子供に携帯を持たせるほど、経済が豊かになったんだな。やはり少子化だから子供に愛情が行くんだろう)と思っておりました。

「お年を召された方が、子供用の携帯をお買いになられるんですよ。この店では、6人に5人まではお年寄りがコドモバイルを買われます」と店長は続けました。

おそらく携帯業界では、普通のことかもしれません。ですが僕にとっては、珍しく思えました。
「先ず、お子様でも使えるということで、使いやすいんです。何よりも文字が大きいので、見やすいんですよ。特にソフトバンクの子供用携帯は、不審者に襲われたときにここ(携帯の端っこの丸いプラスチック部分)を引くと、警報音が鳴るんです。警報音が鳴るのは、ソフトバンクしかないんですよ」店長の話を聞いていると納得できるものでした。


文字が大きいのはもちろんのこと、誘拐、強盗、引ったくりなどは、力の弱い子供、ご老人、特にお金を持っているお年寄りに降りかかるのではないかな?だから子供用の携帯がお年寄りに売れるのでしょう。

子供の需要はお年寄りの需要に直結する、と感じました。

僕の店では、携帯は販売しておりませんが、印鑑と表札を販売しております。

店長に

「ご老人に文字の大きい表札を販売したら、売れますかね?」と尋ねますと、店長はひきつった愛想笑いをして、店に戻っていかれました。

店長は常識のある方でした。


:先日の 同業者 にコメントを下さった 同業者様 カギ屋が語った皇室魂様 

貴重なお時間を割いて、コメントを下さりありがとうございました。心のこもったコメントを読み返し、うれしく、感謝しております。

これからも一生懸命、自分を磨きながら、成長して行こうと思っていますので、よろしくお願いします。

本当に、本当にありがとうございました。
posted by ロン at 22:40| 上海 | Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月22日

同業者

防犯 という広義の意味では、カギ屋にはたくさんの同業者が存在します。



ほんの数日前のことでした。
店に一本の電話がかかってきました。僕の店の電話にはナンバーディスプレーがありますので東京からかかってきたのはすぐに判りました。おそらく勧誘の電話だと思いました。

「○○○と申しますが、加盟店のお知らせですが。」

○○○とは、盗聴器、盗撮器などを発見する専門の業者でした。かなり有名な業者でした。

僕は、悪気なく
「僕は、ここのオーナーではなくなりますので」と正直に伝えました(実際、僕は今の場所を出て別の場所で店をかまえる予定です)。

すると

「あの、加盟店・・」といって、そのまま電話をきってしまいました。

確かに、僕の店が加盟店になる可能性がないので商売として失望したのでしょう。

それにしても、いきなり電話をきるのはあまり気持ちのよいものではありません。新しい店で僕もお世話になるかも知れないのに・・。同業者ですが、何か感じ悪いです。




僕の、目と鼻の先にはホームセンターがあります。

そこで仲の良い 私服警備の人がいます。もちろん万引き犯を捕捉、又は万引きを未然に防ぐための防犯のプロです。ホームセンターから委託されている方です。

この方(Sさんとします)は、若いにもかかわらず特に優秀な方です。僕は何度も、僕の店の前を警察官が通るのを見ました。Sさんが捕捉した万引き犯を取り調べるためです。

Sさんは買い物かごのなかにいつも同じものを入れております。ホームセンターらしく ブルーシート と 土嚢袋(10本を束にしたものです)。

Sさんから教えてもらったことですが、これには理由があるそうです。

万引き犯を捕捉したときに、万引き犯が逆上してカッターなどで攻撃してきたときに、自衛手段として、盾といてのブルーシート、矛として土嚢袋の束(万引き犯が傷つかない程度の弾力性があるもの)で、抵抗するためだそうです。

そのほかに、ボイスレコーダーも常備しているそうです。
捕捉して、万引きの事実を認めた万引き犯が、警察の取調べの時に自白をひっくり返すことがたまにあるから、だそうです。
万引き犯などの加害者の方に人権を認めている、今のおかしな社会を映し出しています。

僕は、Sさんのような優秀な警備員がもっと活躍する社会を心から願っています。




自分のことは自分でなかなか戒めることは、できないものです。

僕の最近のこのブログについて、戒めてくださった同業者の方がいらっしゃいました。その同業者の方とは面識はありません。

僕のカギ屋としての資質、又、このブログの攻撃的な内容や、お客様に対する不適切な表現の仕方を戒めてくださいました。

僕は、その方のご指摘のとおりだと思って、反省するとともにこのご指摘をしてくださった同業者の方に心から感謝しています。
ありがとうございました。

これから、カギ屋として、何より人間として成長していきたいと思っておりますので、僕が脱線したときはどなた様でもご指摘くださいね。


これからも、いろいろな同業者の方との関わりを大切にしていきたいと思っております。
posted by ロン at 22:28| 上海 ?J| Comment(2) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月07日

かなしきのうた

その方は、僕の店の常連様です。僕の父と同い年ぐらいです。深く刻まれた皺、がっちりした体格の頼れる親父という感じの方です。

その方は、僕の店にお越しになられるたびに、いろいろな話をされます。日ごろのこと、昔の武勇伝、仕事のことなど気軽に話してくれます。僕は時に興味をもち、時に(同じ話を繰り返しているな)と思いながらも会話を楽しみます。

その方には、僕と同い年の息子さんがいらっしゃいました。10年ほど前にお亡くなりになられました。おそらく僕が息子さんに似ているらしいので、いつもお越しになられるたびに仕事をくださいます。息子さんに対する罪滅ぼしのように感じます。
(このことについては、以前に まぼろし という記事で紹介させていただいております)。


ある日のことでした。いつもは奥様と一緒にお越しになられるのですが、珍しくその方は、お一人でお越しになられました。

はじめはいつものように世間話をしておりましたが、ひとしきりのお話が終わり、何ともいえない 間 があきました。しばらくして
「実は、あいつ(奥様のことです)が、うつ病になってしもてなぁ。心配でなぁ。目が離されへんねん。今日は、比較的落ちついとるけど」と話されました。



今日、久しぶりにその方が夫婦でお越しになられました。

奥様は、僕に洋服のリフォームを依頼されました。その口調は、何かに追い立てられているようでした。その後にその方がお越しになられ、
「じゃあ頼むわな」と言葉を残して、お二人で立ち去られました。普段なら会話を楽しむのですが、その余裕は無いようでした。しばらくして奥様がもう一度来られて
「あの人、どこ行ったかしら?もし来たらこっち(近くのホームセンターの日用品のコーナー)にいってるから」といって、去られました。
僕は、その方が店の近くにいらっしゃったので
「奥さん、あっちに行かれましたよ」というと、手を上げて わかった の合図をされました。あわてたように奥様を探しに行かれました。

僕は遠ざかっていくその方を見ながら、その方は息子さんの死という悲しみと、奥さんのうつ病を真正面から受け止め、生きていくのだろうと感じました。


坂村真民という人の「かなしきのうた」という詩があります。

かなしき とは、 鉄砧 と書きます。鍛冶屋にある鉄床のことです。

その詩の詳しい内容は割愛させていただきますが、その方を含め、人間はすべて かなしき なのだ、と思うのです。

かなしき のように、たたかれてもたたかれても、人間は黙って耐えながら生きていかざるを得ないのです。

たたかれても耐える かなしき の姿から 悲しい という言葉が生まれたのかも知れませんね。


他人の悲しさを、「運命」や「宿命」などという言葉で、理由付けをする風潮が広がってきているように思えます。人生はそんな軽い言葉に