2007年04月29日

物物交換

僕は今までに、仕事の代償として代金をいただく代わりに、全額又は一部を、物でいただいたことがありました。二度ありました。

1つ目は、ある中華料理屋さんでした。

「カギがな、まわらないな。開かないな。来て直してな」

中年の女性でした。その発音から中国の方だとわかりました。

僕は
「ニーハオ。行きます」と言いました。
「じゃ、頼むな」との事
「オッケー」と、僕が答えました。

3ヶ国語での会話でした。


その日の夜に、早速伺いました。

一般的なレストランや、食堂にある開き戸でした。

カギを受け取って、挿してまわしてみました。なかなか回りませんでしたが、ふとした拍子にシリンダーごと回りました。

とりあえず室内側のサムターンをはずそうとしましたが、ビスが見当たりません。ケースに何かあると思い、ケースのフロントをはずしました。MIWAのBHのようにビスがありました(ここのケースはBHではありませんでした。僕もはじめて見るケースでした)。

結局、そのビスを閉めなおしてスプレーをふったら軽く回るようになりました。

「シエシエ」といわれました。とっさに
「ユーアーウェルカム」といいました。

「いくら?」と聞かれましたが、こんなことでお金をいただくのは心苦しいので、手を振って いらない のゼスチャーをしました。

すると
「ちょっと待って!」といって、その女性はその場を離れました。

3分ほど経ちました。

その女性は
「これあげる な。食べる な。これ、野菜の饅頭 な。お礼 な。」といって、豚まんのようなものをくれました。

家に帰り、早速その野菜の饅頭を食べました。

ものすごく美味しかったので、ビールがすすみました。


しばらくして、その店の前を通る機会がありました。車から除くと、その女性ともう一人の女性が、店の厨房で料理をしておりました。

やはり、女性ならではの味付けだから、あんなに美味しい饅頭ができるのでしょう。



2つ目は、ある建設会社の社屋のカギの取替えをしたときのことです。

事務所のインテグラル錠を取り替えました。ディンプルキーのインテグラル錠でした。いつもお世話になっている社長さんなので、できるだけ安くしようと思いましたが、従業員にカギを渡すために、スペアキーを多く作らねばなりませんでした。安くしたつもりで

「21000円です」といいましたところ

「きっちりにしてーや。頼むわ」といわれました。

「それはちょっと・・」というと

「ちょっと、こっちこいや」と言われました。

僕は、1000円のために、袋叩きにあうのかと思いました。

恐る恐る社長の後を付いていくと

「あんた、野菜好きか?」と唐突に聞いてきました。

敷地を利用して、菜園を作っておりました。かなり広い菜園でした。

「これ、やるわ」といって、大根とほうれん草を大量にくれました。

そのときの大根の実勢価格は、一本198円でしたので、大根だけで評価額は軽く1000円を超えておりました。

いただいた大根とほうれん草を、少し僕の店のスタッフにおすそ分けして、大半は僕が持って帰りました。

その日の夜に、いただいた大根をおろして、ほうれん草をオイスターソースでいためました。

ものすごく美味しかったので、ビールがすすみました。


人から頂いたものほど美味しいものはありません。
posted by ロン at 20:04| 上海 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月25日

泣きながら仕事をした日

それは1本の電話からはじまりました。

「間違ったものが来てますよ!」

僕の店はカギ屋ですが、印鑑、表札も販売しております。

そのお客様は、僕の店で表札の注文をされた方でした。

「校正でOKしたものとは違うものが来てます。(住所の)番地が抜けています」

お客様は、もう門柱に接着剤をつけて表札をつけたところで、気がついたそうです。僕は
「表札は、剥がれますか?剥がした状態でお待ちください。すぐに伺います」といって、飛んでお客様の家へ伺いました。

門柱(ステンレス製のモダンな今風の門柱でした)には、しっかり接着剤の痕がついておりました。僕は持っていった皮切り包丁でできるだけ接着剤をそぎ落とし、ちゃんとした表札をできるだけ早くメーカーに作らせて、取り付けに来る約束をしました(通常は表札をお渡しするまでが僕の店の仕事です。貼り付けはお客様がされます)。

数日して、ちゃんとした表札が来ました。僕は早速お客様に連絡を取り、お客様の家に向かいました。

僕の店からお客様の家までは、車で約15分ぐらいでした。僕はお客様の家へ一目散に向かいました。

お客様の家に着くまでに、想像できないことが起こりました。

ラジオで、ある芸能人の話をしておりました。

内容は



ある田舎に住んでいる芸能人が若いころ、一旗揚げようと東京に行こうと思っていましたが、母親から大反対されたそうです。その芸能人は、母親の反対を押し切って、ほとんど親子の縁を切った状態で東京に行ったそうです。
それから、しばらく歌が売れない状態が続いたそうですが、ある曲が大ヒットしました(僕もその曲はリアルタイムで知っていました)。
その芸能人は、たくさんのギャラが入ってきて金持ちになりましたが、やはり自分が捨てた故郷、何よりも母親が忘れられなくて、大金を持って故郷に帰ったそうです。10万円の札束をたくさん持って帰ったそうです。
有名になったその芸能人を、故郷の友達は諸手を挙げて歓迎しました。
友達に、ひとしきり10万円の札束を渡した後、お母さんにも札束を渡そうとしましたが、タイミングが悪く、ずっと渡しそびれてました。
結局、楽しかった故郷での日々が終わり東京行きの列車に乗るときに、見送りに来てくれた母親にこそっと札束を渡そうとしました。
母親はその芸能人がお金を渡そうとする前に
「東京まで時間があるだろ。おなかもすくだろ。これをもってお行き」といって、くしゃくしゃの千円札を3枚、その芸能人に渡したそうです。その芸能人は東京につくまでその3千円を握り締めて泣いていたそうです。親子の愛情の話でした。



僕はこの話の15分間で、瞼が熱くなり、涙が溢れ出し、鼻水が垂れはじめ、最後には顔がくしゃくしゃになってました。

顔がくしゃくしゃになったときに、運が悪くお客様の家に着きました。

僕は、そのくしゃくしゃの顔のまま、表札と接着剤と養生用のテープを持って、チャイムを押しました。

その家の奥さんは僕のくしゃくしゃになった顔を見るなり、一歩後ずさりして
「どうしたんですか?」と聞いてきました。

「このたびはご迷惑をおかけして申し訳ありません。今、ラジオでものすごい良い話をしていたんです!!」と、仕事には何も関係の無い話をしてしまいました。

「それでは、早速表札を取り付けさせていただきます」と、涙声で門柱に表札を取り付けようとしました。

僕は、その芸能人の話を思い出してしまい、又、鼻水を垂れ流し、泣きながら表札を取り付けました。

奥さんは、僕を 変なおじさん を見るような目で見ていました。

結局、表札はうまく貼り付き、お客様は満足されたようでした。



その後、そのお客さんは二度と僕の店に来てくれなくなりました。
posted by ロン at 21:32| 上海 | Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月24日

虎の威を借る狐2

僕は、カギ屋として今の場所に店をかまえるまで、某ホームセンターで正社員として働いていました。
このホームセンターで学んだことは数多くありますが、特にある店の店長は僕の教師でした。いわゆる反面教師でした。

僕がそのホームセンターに就職したのは、阪神大震災の翌年でした。配属された店は、まさに震災の被災地にあった、その当時ではかなり大きな店舗でした。
震災の復興で、その店は通常では考えられないほどの売り上げを誇ってました。

僕が配属された当時の店長は、本当に尊敬できる店長でした。自ら売り場に出て一生懸命働き、とにかくお客様を第一と考えて常に行動をする店長でした。年は50歳くらいでしたが、もっと年をとっていたように見えました。通常の管理職よりも数多くの苦労をされていたことが、その顔から滲み出ておりました。それを愚痴一つこぼさず、本当に頑張られていました。月日が経つにつれ、歯が抜けていくのがわかりました。僕はこの店長から人間として、社会人としての指導を数多く受け、叱咤激励を受けました。恥ずかしながら泣きながら受けたこともありました。

この店長が、この店を離れるときが来ました。もともと取締役でしたのでご栄転でした。店長は最後までこの店での引継ぎをされていました。

新しい店長が来ました。

僕と同じ年でした。筋肉質で良い顔をしておりましたが、人と会話をする時は、瞳孔が丸くなってました。おそらく小心者であるということがすぐにわかりました。

この店長(M店長としますが、店長という呼称をつけるにはおこがましいのでMとします)は開口一番
「汚い店やな」と言ってのけました。
「こんな汚い店にした○○店長(前の店長)のせいで、これからが大変です」との意味合いのことを言っておりました。

確かに汚い店でした。忙しいからということが言い訳になるとは思っていませんが、見たことをそのまま言うMのその稚拙さに嫌悪を感じました。従業員の誰も好き好んで店を汚くしているわけではありません。間接的に前の店長をけなすことによって、自分を優位に思わせたかったのでしょう。



数日が経ちました。

その店の僕の友達(Oさんとします)がMに呼ばれました。人目のつかない工具の倉庫に呼ばれました。Oさんは工具の担当になったばかりでした。

Mは
「これは何ですか?」と古い伝票がついた工具を目の前に広げました。これらは、Oさんの前任者がメーカーから取り寄せた別注品でした。別注品なので転売ができないものばかりでした。すでにキャンセルされたものばかりで、いわゆる不良在庫でした。

「これを買い取ってください」とMはOさんに言いました。Oさんはどうしようもないことを言われていました。Oさんはどうして会社のミスを個人で負担しなくてはいけないのか、Mに言いました。結局、Oさんの気迫に負けたのか、それ以上は何も言いませんでした。突っ張り通せない喧嘩なら売らなければいいのに、Mは恥をかいただけでした。

もし、Oさんに会社のミス、前任者のミスの責任を取らせるつもりであれば、M自身が前の店長の責任をとって、店全体の汚さをM自身の個人的負担できれいにするのが筋ではないでしょうか?

Oさんに店の損害を負担させようとした行為は、虎の威を借る狐以外のなにものでもありません。店長という地位を利用して部下に無理を押し付けることは、今日ではパワーハラスメントと言います。そのようなことを平気でするその常識の無さ、大胆さにはある意味では驚嘆いたします。

又、Mは、自分がこのホームセンターという 虎 をなくした場合は、自分が何もできない 狐 であることを理解しているのでしょうか?

会社という看板、店長という地位を利用して無理を押し通すことは、馬鹿でもできることです。そして馬鹿に限ってそのようなことをします。


僕が、Mに対する嫌悪はこれだけではありません。

Mが終礼のときに言った言葉です。
どういう話の内容だったかは覚えておりませんが、その話の後に

「もし私がこの店の店長を離れたら、L(Lではじまるコンビニエンスストア)の店長にしかなれません」との言葉をのたまいました。かなりコンビニの店長を馬鹿にした内容でした。


大きなホームセンターの店長なので、コンビニの店長よりは世間的にはよく見られるかもしれませんが、Mは個人事業の大変さを理解した上でコンビニの店長を引き合いに出しているのでしょうか?これをコンビニの店長が聞いたらどう思うでしょう?責任を一手に引き受けることのない一社員が、個人事業者を見下すほど偉いのでしょうか?(会社員が責任逃れができるという意味で言っているのではありません。個人事業者は、責任を一手に受けて、身をはって仕事をしているということが言いたいのです)


Mとは最初から言葉も交わすことなく、僕はすぐに他の店舗に転勤になりました。ある意味では以心伝心と言うところでしょうか?


Mは、その後、その店の店長から一定の地域を統括するエリアマネージャーに出世しました。この人事で、このホームセンターのレベルの低さが解りますね。

僕はある意味で、このモラル無きホームセンターに就職し、一定の期間を社員として過ごせたことを、よい勉強だったと思っています。
posted by ロン at 23:08| 上海 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月23日

携帯から見える社会の構造

僕の店の近くに、携帯電話のショップがあります。ソフトバンクのショップです。

その店の店長に、今、どの機種が売れているかを聞きました。

「今、コドモバイルがけっこう売れているんですよ」

僕は単純に(少子化なのに子供用携帯が売れているのは、子供に携帯を持たせるほど、経済が豊かになったんだな。やはり少子化だから子供に愛情が行くんだろう)と思っておりました。

「お年を召された方が、子供用の携帯をお買いになられるんですよ。この店では、6人に5人まではお年寄りがコドモバイルを買われます」と店長は続けました。

おそらく携帯業界では、普通のことかもしれません。ですが僕にとっては、珍しく思えました。
「先ず、お子様でも使えるということで、使いやすいんです。何よりも文字が大きいので、見やすいんですよ。特にソフトバンクの子供用携帯は、不審者に襲われたときにここ(携帯の端っこの丸いプラスチック部分)を引くと、警報音が鳴るんです。警報音が鳴るのは、ソフトバンクしかないんですよ」店長の話を聞いていると納得できるものでした。


文字が大きいのはもちろんのこと、誘拐、強盗、引ったくりなどは、力の弱い子供、ご老人、特にお金を持っているお年寄りに降りかかるのではないかな?だから子供用の携帯がお年寄りに売れるのでしょう。

子供の需要はお年寄りの需要に直結する、と感じました。

僕の店では、携帯は販売しておりませんが、印鑑と表札を販売しております。

店長に

「ご老人に文字の大きい表札を販売したら、売れますかね?」と尋ねますと、店長はひきつった愛想笑いをして、店に戻っていかれました。

店長は常識のある方でした。


:先日の 同業者 にコメントを下さった 同業者様 カギ屋が語った皇室魂様 

貴重なお時間を割いて、コメントを下さりありがとうございました。心のこもったコメントを読み返し、うれしく、感謝しております。

これからも一生懸命、自分を磨きながら、成長して行こうと思っていますので、よろしくお願いします。

本当に、本当にありがとうございました。
posted by ロン at 22:40| 上海 | Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月22日

同業者

防犯 という広義の意味では、カギ屋にはたくさんの同業者が存在します。



ほんの数日前のことでした。
店に一本の電話がかかってきました。僕の店の電話にはナンバーディスプレーがありますので東京からかかってきたのはすぐに判りました。おそらく勧誘の電話だと思いました。

「○○○と申しますが、加盟店のお知らせですが。」

○○○とは、盗聴器、盗撮器などを発見する専門の業者でした。かなり有名な業者でした。

僕は、悪気なく
「僕は、ここのオーナーではなくなりますので」と正直に伝えました(実際、僕は今の場所を出て別の場所で店をかまえる予定です)。

すると

「あの、加盟店・・」といって、そのまま電話をきってしまいました。

確かに、僕の店が加盟店になる可能性がないので商売として失望したのでしょう。

それにしても、いきなり電話をきるのはあまり気持ちのよいものではありません。新しい店で僕もお世話になるかも知れないのに・・。同業者ですが、何か感じ悪いです。




僕の、目と鼻の先にはホームセンターがあります。

そこで仲の良い 私服警備の人がいます。もちろん万引き犯を捕捉、又は万引きを未然に防ぐための防犯のプロです。ホームセンターから委託されている方です。

この方(Sさんとします)は、若いにもかかわらず特に優秀な方です。僕は何度も、僕の店の前を警察官が通るのを見ました。Sさんが捕捉した万引き犯を取り調べるためです。

Sさんは買い物かごのなかにいつも同じものを入れております。ホームセンターらしく ブルーシート と 土嚢袋(10本を束にしたものです)。

Sさんから教えてもらったことですが、これには理由があるそうです。

万引き犯を捕捉したときに、万引き犯が逆上してカッターなどで攻撃してきたときに、自衛手段として、盾といてのブルーシート、矛として土嚢袋の束(万引き犯が傷つかない程度の弾力性があるもの)で、抵抗するためだそうです。

そのほかに、ボイスレコーダーも常備しているそうです。
捕捉して、万引きの事実を認めた万引き犯が、警察の取調べの時に自白をひっくり返すことがたまにあるから、だそうです。
万引き犯などの加害者の方に人権を認めている、今のおかしな社会を映し出しています。

僕は、Sさんのような優秀な警備員がもっと活躍する社会を心から願っています。




自分のことは自分でなかなか戒めることは、できないものです。

僕の最近のこのブログについて、戒めてくださった同業者の方がいらっしゃいました。その同業者の方とは面識はありません。

僕のカギ屋としての資質、又、このブログの攻撃的な内容や、お客様に対する不適切な表現の仕方を戒めてくださいました。

僕は、その方のご指摘のとおりだと思って、反省するとともにこのご指摘をしてくださった同業者の方に心から感謝しています。
ありがとうございました。

これから、カギ屋として、何より人間として成長していきたいと思っておりますので、僕が脱線したときはどなた様でもご指摘くださいね。


これからも、いろいろな同業者の方との関わりを大切にしていきたいと思っております。
posted by ロン at 22:28| 上海 ?J| Comment(2) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月14日

矛盾

年末のことでした。

知り合いの警察OBが僕の店に来られました。

「○○○に何ヶ月も前から止まっている車が2台あるんやけどカギ開けてくれんかいな?」
○○○とは、少し離れた海の近くのホームセンターでした。

「一応、どっちの車もナンバーから持ち主は判ったんやけど、どうもはっきりせえへんねん。持ち主はどっちも行方がわからんねん」

僕は
(ひょっとしたら、なんか大きな事件やったりして。新聞に載ったらどないしよ?「カギ屋A」とかで新聞に載るんかな。サイン考えとかなあかんなぁ)と、薔薇色の脳みそで考えておりました。
 
「原則的に持ち主の立会いが必要なんですが」と、言いました。

「わしやったら不満かいな?」と警察OBの方に一喝されました。考えたら警察の後ろ盾があるほど力強いものはありません。僕が馬鹿でした。

時間を合わせて○○○の2階の駐車場で落ち合いました。駐車場の端に2台の例の車は止まっておりました。

「もともと1階の駐車場に止まっとったんやけど、カギを開けるために2階にクレーンで吊り上げてん」

お膳立てをされた僕は、何が何でも解錠しなくてはならないというプレッシャーを感じました。

「あんまり人に見られたくないから、あんたの車で車を隠すように、2台の車の前に止めてくれんかなぁ」
さすが警察でした。

先ずは1台目。僕の車と同じワゴン車でした。時間をかけることもなく解錠できました。そして2台目、高級セダン車でした。少してこずりましたがあきました。

その警察OBは、白い手袋をはめて高級セダン車の中を物色し始めました。詳しい内容は割愛させていただきますが、いかにも というものがたくさん出てきました。肩書きが異なる同じ名前が書かれた名刺が何種類も出てきました。

続いてワゴン車を物色しました。これといって何もありませんでした。残された荷物から推測すると、突然車を捨てたような感じでした。

白い手袋をはめて静かに、そして真剣な目をして物色する警察OBの姿は、本当に刑事ドラマのヒーローのようでした。

30分ほどして、全てが終わりました。2台の車を元のように鍵を閉めました。

一息ついた後に
「このクレーンの費用、○○○が払うねん」と警察OBがこぼしました。


今回の出来事は、社会の矛盾を表していると思うのです。

過去の他人の行為が、現在に生きている人へ迷惑、不利益を引き起こしているのです。いろいろな場面でこのことを感じます。

責任を追求されなければ、逃げたもの勝ちという風潮を許さないとともに、僕の今の行為が、未来の人へ迷惑や不利益を引き起こさないようにと思っています。
posted by ロン at 23:08| 上海 | Comment(0) | TrackBack(0) | こんな仕事をしました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする