2月のことでした。
乳母車をひいた女姓がお越しになられました。貴婦人のような近代的な帽子をかぶった、何ともいえないモダンな女性でした。
「この合鍵をお願いします」と一本の鍵をわたされました。普通のピンシリンダーのキーでした。
鍵を受け取る時に、乳母車の赤ちゃんが視界に入りました。
恐ろしくいい顔をした赤ちゃんでした。
男の子にしても女の子にしても、形容のしようがないほど可愛く、精悍な顔つきをした赤ちゃんでした。
合鍵を切り終わり、レジをする間に
「この赤ちゃん、本当にいい顔をされてますね。今までこんなにいい顔をした赤ちゃん、見たことがないですよ。」
お世辞ではなく、本当に僕の心から出た言葉を、何ともいえないモダンなお母様に伝えました。
僕は、モダンなお母様が恥ずかしがって「ありがとう」とか、謙遜して「そんなに言われたのは初めてです」とか、「よかったねー」と、赤ちゃんに微笑みかけるとかするものだと思いました。
そのお母さんは、
「いい顔してるでしょう。よく言われるのよ」と、当たり前のようにおぬかしになられました。
本当にいい顔をしているので、ここまでならお茶目なママだなぁ、と微笑ましいのですが
「男の子ですか?女の子ですか?」との僕の質問に
「女の子なの。皆さんに精悍だと言われるんですよ」とまじめな顔をしてお答えになられました。
さらに
「将来が楽しみですね」と僕が言うと
「女優かタカラヅカにいけると思うんだけど」と、追い討ちをかけられました。僕は顔で笑って心で笑ってました。
近代的な帽子から、ちらっと見えたお母様の顔は、春巻の皮のように厚い化粧でおおわれてました。
この赤ちゃんの、将来が本当に楽しみです。
2007年03月17日
2007年03月12日
虎の威を借る狐
僕の仲のいい友達から聞いた話です。
友達は以前、ホームセンターに勤めていました。
そのホームセンターには、なぜかクレームが多く、友達もクレーム処理を数多くこなしてきたそうです。
その一つの、かなり変わったお客さんのエピソードを紹介いたします。
僕の友達は、電動工具の担当をしていました。
ある日
「これ、2回しか使ってへんのに、もう動かへんねん。不良品ちゃうか?」と、一人のお客様がそのホームセンターで買われた丸ノコを持ってきました。
早速、その友達が、対応をしました。
そのお客様は、奇抜な格好をしていることによって、よくテレビに出ている中年の男性で、その当時、関西ではかなり有名な一般人でした。
お客様の使い方を聞いていると、どう考えても壊れるような使い方でした。説明書にも書いてあることを無視して、かなりの長時間作動させていたということでした。
友達は
「そんなに長時間使っていて、焦げたような臭いがしませんでしたか?」との質問に
「焦げたような臭いはしとったで」としゃあしゃあといっていたそうです。
丸ノコを長時間連続で使用すると、不具合をおこすということは、少し考えれば予想ができないことではありません。仮に百歩譲って予想ができないとしても、長時間の使用の禁止は説明書に書かれてあることです。
そのお客さんは
「2回しか使ってへんのに動かんようになったんやで!不良品とちゃうんかい!」と、いって、交換か返品を要求したそうです。
友達は、いくらお客様でも筋が通ってないことは、受け入れることができませんといって、交換も返品も断ったそうです。社会的には至極当然のことです。
するとお客様は、ある人と一緒に仲良く写っている一枚の写真を友達に見せて
「わしは、この人 と仲がええねん。今日のこと、この人に言うてテレビで放送してもらうで!」といったそうです。
この人 とは、関西では知らない人はいないというほどの有名な落語家さんでした。もちろん僕も知っている人でした。
友達は
「お客さん、そんなんおかしいですやん。お客さんの使い方が間違っているのに、それをテレビに言うなんて筋違いですやん。テレビにいうなら言ったらよろしいですやん」と言ったそうです。
結局、この騒ぎを別の従業員が副店長に言いに行って、慌てて副店長が出てきて新品と取り替えたそうです。
今でも店や企業、役所などに対するクレームを週に一回放送する某番組に この落語家さんは出て、司会を務めています。この番組は、消費者は全て正しい、との立場から、店や企業、役所などを厳しく批判します(大抵は店などが悪いように思いますが・・)。
店にしろ役所にしろ、クレームを起こされる側に問題があるとは思いますが、そうでなく、このお客さんのような人が、事実を歪曲していることがあることを、この落語家さんはご存知でしょうか?
虎の威を借る狐 は、それ自体が恥ずかしい行為ですが、付け加えて 威力業務妨害 になることを認識しなければなりません。
こんな中年馬鹿狐が、モラルの低下を招くのでしょうね。
友達は以前、ホームセンターに勤めていました。
そのホームセンターには、なぜかクレームが多く、友達もクレーム処理を数多くこなしてきたそうです。
その一つの、かなり変わったお客さんのエピソードを紹介いたします。
僕の友達は、電動工具の担当をしていました。
ある日
「これ、2回しか使ってへんのに、もう動かへんねん。不良品ちゃうか?」と、一人のお客様がそのホームセンターで買われた丸ノコを持ってきました。
早速、その友達が、対応をしました。
そのお客様は、奇抜な格好をしていることによって、よくテレビに出ている中年の男性で、その当時、関西ではかなり有名な一般人でした。
お客様の使い方を聞いていると、どう考えても壊れるような使い方でした。説明書にも書いてあることを無視して、かなりの長時間作動させていたということでした。
友達は
「そんなに長時間使っていて、焦げたような臭いがしませんでしたか?」との質問に
「焦げたような臭いはしとったで」としゃあしゃあといっていたそうです。
丸ノコを長時間連続で使用すると、不具合をおこすということは、少し考えれば予想ができないことではありません。仮に百歩譲って予想ができないとしても、長時間の使用の禁止は説明書に書かれてあることです。
そのお客さんは
「2回しか使ってへんのに動かんようになったんやで!不良品とちゃうんかい!」と、いって、交換か返品を要求したそうです。
友達は、いくらお客様でも筋が通ってないことは、受け入れることができませんといって、交換も返品も断ったそうです。社会的には至極当然のことです。
するとお客様は、ある人と一緒に仲良く写っている一枚の写真を友達に見せて
「わしは、この人 と仲がええねん。今日のこと、この人に言うてテレビで放送してもらうで!」といったそうです。
この人 とは、関西では知らない人はいないというほどの有名な落語家さんでした。もちろん僕も知っている人でした。
友達は
「お客さん、そんなんおかしいですやん。お客さんの使い方が間違っているのに、それをテレビに言うなんて筋違いですやん。テレビにいうなら言ったらよろしいですやん」と言ったそうです。
結局、この騒ぎを別の従業員が副店長に言いに行って、慌てて副店長が出てきて新品と取り替えたそうです。
今でも店や企業、役所などに対するクレームを週に一回放送する某番組に この落語家さんは出て、司会を務めています。この番組は、消費者は全て正しい、との立場から、店や企業、役所などを厳しく批判します(大抵は店などが悪いように思いますが・・)。
店にしろ役所にしろ、クレームを起こされる側に問題があるとは思いますが、そうでなく、このお客さんのような人が、事実を歪曲していることがあることを、この落語家さんはご存知でしょうか?
虎の威を借る狐 は、それ自体が恥ずかしい行為ですが、付け加えて 威力業務妨害 になることを認識しなければなりません。
こんな中年馬鹿狐が、モラルの低下を招くのでしょうね。
2007年03月08日
ファン 2
その日は、女性スタッフに店を任せて出張工事に出かけておりました。簡単なシリンダー交換だったのですが、いろいろ寄り道をして、店に帰ったのは2時間後でした。
店に帰ると、スタッフの顔が変わっておりました。目の下に くま をつくっており、げっそりしておりました。
僕は
「何かあったんかいな?」と尋ねると
「Tさんという方がお越しになられました。オーナー(僕)のことを友達や言うてましたよ。先ほどお帰りになられましたよ」と、かなり疲れた口調で言いました。
Tさんは、僕の店のお得意様ですが、かなり個性的な中年女性です。今までは、僕が店にいるときにお越しになられ、かなりの長時間世間話をされます。その日は、店に女性スタッフがいたので、その女性スタッフと世間話をしていたようでした。
僕は、
「面白い人やったやろ?」と笑いながら言うと
「もういいです!」といってすねてしまいました。
「何があったん?」と聞くと、僕が出張に行ってからすぐにTさんがお越しになられて、ずっと世間話をされてましたそうです。ほかのお客様が来られても、ずっと一人でしゃべってられてました。
スタッフは、同じ内容の話を、何度も何度も聞いていたそうで、あいづちを打つのに、かなり疲れたそうです。
Tさんが少し疲れたようなそぶりをしたので、スタッフはすかさず
「今日は面白い話をありがとうございました」と言うと、Tさんは
「何、その言い方?私にもう帰れということ?」と切り替えされたそうで
「いえいえ、面白いお話なので、もっとお話できたらと思いまして・・」と、心にもないことを言ってしまったそうです。
Tさんは、それからまた30分ほどお話をされて、満足したようでお帰りになられたそうです。Tさんは、おしゃべりをしに来ただけで、何も注文をされなかったそうです。
スタッフによると、Tさんは
「私の同級生には、警察のえらいさんや、一流企業の部長がいる」という類の自慢話を何度もしていたとのことでした。僕が相手をするときと同じことをいってました。
ある日、カギの問屋さんが来て、世間話をしていました。
「この間、強烈なお客さんがいましたよ。あるカギ屋さんが下手をうってしまって、僕も謝りに言ったんですけど、訳のわからんことをわめき散らしてました。私の同級生には警察のえらいさんがいるとか、一流企業の部長がいるとか・・」
どこかで聞いたような話でした。
「その人、ひょっとしてTさん言う人ちゃいますか?背の低い少し年をとってる女の人・・」というと
「そうそうそう!!!」と、大爆笑してました。
それから何週間が経ったある日、僕が店にいるときにTさんがお越しになられました。
Tさんは相変わらず
「私には、警察のえらいさん・・」の類の話をまたされました。
一息つくと
「この間、鍵屋さんにカギを替えてもらったんだけど、散々だったのよ!だから私、言ってやったの。私には警察のえらいさんや、大企業の部長が同級生にいるって。」
また、はじまりました。
ひとしきり話をした後、
「やっぱり鍵屋さんは、あなたのような信用できる人に頼まないとねぇ」
僕は、この方から仕事をうけたまわったことはありませんでした。
この方は、無条件で話を聞いてくれる人を信用するのでしょう。
店に帰ると、スタッフの顔が変わっておりました。目の下に くま をつくっており、げっそりしておりました。
僕は
「何かあったんかいな?」と尋ねると
「Tさんという方がお越しになられました。オーナー(僕)のことを友達や言うてましたよ。先ほどお帰りになられましたよ」と、かなり疲れた口調で言いました。
Tさんは、僕の店のお得意様ですが、かなり個性的な中年女性です。今までは、僕が店にいるときにお越しになられ、かなりの長時間世間話をされます。その日は、店に女性スタッフがいたので、その女性スタッフと世間話をしていたようでした。
僕は、
「面白い人やったやろ?」と笑いながら言うと
「もういいです!」といってすねてしまいました。
「何があったん?」と聞くと、僕が出張に行ってからすぐにTさんがお越しになられて、ずっと世間話をされてましたそうです。ほかのお客様が来られても、ずっと一人でしゃべってられてました。
スタッフは、同じ内容の話を、何度も何度も聞いていたそうで、あいづちを打つのに、かなり疲れたそうです。
Tさんが少し疲れたようなそぶりをしたので、スタッフはすかさず
「今日は面白い話をありがとうございました」と言うと、Tさんは
「何、その言い方?私にもう帰れということ?」と切り替えされたそうで
「いえいえ、面白いお話なので、もっとお話できたらと思いまして・・」と、心にもないことを言ってしまったそうです。
Tさんは、それからまた30分ほどお話をされて、満足したようでお帰りになられたそうです。Tさんは、おしゃべりをしに来ただけで、何も注文をされなかったそうです。
スタッフによると、Tさんは
「私の同級生には、警察のえらいさんや、一流企業の部長がいる」という類の自慢話を何度もしていたとのことでした。僕が相手をするときと同じことをいってました。
ある日、カギの問屋さんが来て、世間話をしていました。
「この間、強烈なお客さんがいましたよ。あるカギ屋さんが下手をうってしまって、僕も謝りに言ったんですけど、訳のわからんことをわめき散らしてました。私の同級生には警察のえらいさんがいるとか、一流企業の部長がいるとか・・」
どこかで聞いたような話でした。
「その人、ひょっとしてTさん言う人ちゃいますか?背の低い少し年をとってる女の人・・」というと
「そうそうそう!!!」と、大爆笑してました。
それから何週間が経ったある日、僕が店にいるときにTさんがお越しになられました。
Tさんは相変わらず
「私には、警察のえらいさん・・」の類の話をまたされました。
一息つくと
「この間、鍵屋さんにカギを替えてもらったんだけど、散々だったのよ!だから私、言ってやったの。私には警察のえらいさんや、大企業の部長が同級生にいるって。」
また、はじまりました。
ひとしきり話をした後、
「やっぱり鍵屋さんは、あなたのような信用できる人に頼まないとねぇ」
僕は、この方から仕事をうけたまわったことはありませんでした。
この方は、無条件で話を聞いてくれる人を信用するのでしょう。
2007年03月07日
かなしきのうた
その方は、僕の店の常連様です。僕の父と同い年ぐらいです。深く刻まれた皺、がっちりした体格の頼れる親父という感じの方です。
その方は、僕の店にお越しになられるたびに、いろいろな話をされます。日ごろのこと、昔の武勇伝、仕事のことなど気軽に話してくれます。僕は時に興味をもち、時に(同じ話を繰り返しているな)と思いながらも会話を楽しみます。
その方には、僕と同い年の息子さんがいらっしゃいました。10年ほど前にお亡くなりになられました。おそらく僕が息子さんに似ているらしいので、いつもお越しになられるたびに仕事をくださいます。息子さんに対する罪滅ぼしのように感じます。
(このことについては、以前に まぼろし という記事で紹介させていただいております)。
ある日のことでした。いつもは奥様と一緒にお越しになられるのですが、珍しくその方は、お一人でお越しになられました。
はじめはいつものように世間話をしておりましたが、ひとしきりのお話が終わり、何ともいえない 間 があきました。しばらくして
「実は、あいつ(奥様のことです)が、うつ病になってしもてなぁ。心配でなぁ。目が離されへんねん。今日は、比較的落ちついとるけど」と話されました。
今日、久しぶりにその方が夫婦でお越しになられました。
奥様は、僕に洋服のリフォームを依頼されました。その口調は、何かに追い立てられているようでした。その後にその方がお越しになられ、
「じゃあ頼むわな」と言葉を残して、お二人で立ち去られました。普段なら会話を楽しむのですが、その余裕は無いようでした。しばらくして奥様がもう一度来られて
「あの人、どこ行ったかしら?もし来たらこっち(近くのホームセンターの日用品のコーナー)にいってるから」といって、去られました。
僕は、その方が店の近くにいらっしゃったので
「奥さん、あっちに行かれましたよ」というと、手を上げて わかった の合図をされました。あわてたように奥様を探しに行かれました。
僕は遠ざかっていくその方を見ながら、その方は息子さんの死という悲しみと、奥さんのうつ病を真正面から受け止め、生きていくのだろうと感じました。
坂村真民という人の「かなしきのうた」という詩があります。
かなしき とは、 鉄砧 と書きます。鍛冶屋にある鉄床のことです。
その詩の詳しい内容は割愛させていただきますが、その方を含め、人間はすべて かなしき なのだ、と思うのです。
かなしき のように、たたかれてもたたかれても、人間は黙って耐えながら生きていかざるを得ないのです。
たたかれても耐える かなしき の姿から 悲しい という言葉が生まれたのかも知れませんね。
他人の悲しさを、「運命」や「宿命」などという言葉で、理由付けをする風潮が広がってきているように思えます。人生はそんな軽い言葉によって導かれるものでは決してありません。
その方の後姿を見ながら、僕は悲しみに耐えることができる かなしき になれるだろうか?と考えさせられた一日でした。
その方は、僕の店にお越しになられるたびに、いろいろな話をされます。日ごろのこと、昔の武勇伝、仕事のことなど気軽に話してくれます。僕は時に興味をもち、時に(同じ話を繰り返しているな)と思いながらも会話を楽しみます。
その方には、僕と同い年の息子さんがいらっしゃいました。10年ほど前にお亡くなりになられました。おそらく僕が息子さんに似ているらしいので、いつもお越しになられるたびに仕事をくださいます。息子さんに対する罪滅ぼしのように感じます。
(このことについては、以前に まぼろし という記事で紹介させていただいております)。
ある日のことでした。いつもは奥様と一緒にお越しになられるのですが、珍しくその方は、お一人でお越しになられました。
はじめはいつものように世間話をしておりましたが、ひとしきりのお話が終わり、何ともいえない 間 があきました。しばらくして
「実は、あいつ(奥様のことです)が、うつ病になってしもてなぁ。心配でなぁ。目が離されへんねん。今日は、比較的落ちついとるけど」と話されました。
今日、久しぶりにその方が夫婦でお越しになられました。
奥様は、僕に洋服のリフォームを依頼されました。その口調は、何かに追い立てられているようでした。その後にその方がお越しになられ、
「じゃあ頼むわな」と言葉を残して、お二人で立ち去られました。普段なら会話を楽しむのですが、その余裕は無いようでした。しばらくして奥様がもう一度来られて
「あの人、どこ行ったかしら?もし来たらこっち(近くのホームセンターの日用品のコーナー)にいってるから」といって、去られました。
僕は、その方が店の近くにいらっしゃったので
「奥さん、あっちに行かれましたよ」というと、手を上げて わかった の合図をされました。あわてたように奥様を探しに行かれました。
僕は遠ざかっていくその方を見ながら、その方は息子さんの死という悲しみと、奥さんのうつ病を真正面から受け止め、生きていくのだろうと感じました。
坂村真民という人の「かなしきのうた」という詩があります。
かなしき とは、 鉄砧 と書きます。鍛冶屋にある鉄床のことです。
その詩の詳しい内容は割愛させていただきますが、その方を含め、人間はすべて かなしき なのだ、と思うのです。
かなしき のように、たたかれてもたたかれても、人間は黙って耐えながら生きていかざるを得ないのです。
たたかれても耐える かなしき の姿から 悲しい という言葉が生まれたのかも知れませんね。
他人の悲しさを、「運命」や「宿命」などという言葉で、理由付けをする風潮が広がってきているように思えます。人生はそんな軽い言葉によって導かれるものでは決してありません。
その方の後姿を見ながら、僕は悲しみに耐えることができる かなしき になれるだろうか?と考えさせられた一日でした。

