その日は、朝にスタッフに入ってもらって僕はドライブを楽しんでおりました。車を海岸沿いに停めて、僕は海に向かって演歌を鼻歌で歌いながら、日本に生まれてよかったと実感しておりました。
さびの部分に入った時に携帯がなりました。店からでした。いやな予感がしました。
「Aさんという方から、トイレのカギが開かないということですけど。すぐ来て欲しいと言ってますが」
Aさんは、以前に僕が扉のカギを取り替えさせていただいた方です。Aさんのお宅にすぐに向かいました。
トイレの鍵や風呂の鍵などの室内錠は、鍵穴がある玄関錠とは違い、カギが開かないとなると厄介です。キーを失くして開かない場合と違い、錠前本体の故障の可能性が高いからです。ラッチやデットボルトを切断しなければならない場合には、扉にダメージを与えないようにしなくてはなりません。
Aさんの家に着くとAさんは、待ってましたとばかりにヒーローを見るような眼差しで僕を迎えてくれました。ものすごく焦っていました。
「トイレのカギが閉まったままになって、開きませんねん。もうトイレに入られへんかと思うと怖くて・・隣の人にトイレを借りに行くのも恥ずかしいし・・」とかなり取り乱しながらしどろもどろに説明してくれました。
僕は、絶対開けられるという自信はなかったのですが
「必ず開けますから御安心ください」といって、そのトイレの扉に近づきました。Aさんは「ナンマンダブナンマンダブ」と僕の背中を拝んでいました。
鍵を見ました。
僕は10円玉を財布から取り出しました。
そして
レバーの中心の切れ込みに10円玉を突っ込んで90度まわしました。
レバーを下げて引っ張りました。扉は開きました。約10秒の出来事でした。
Aさんは、スーパーヒーローを見るような眼差しで僕を見つめてくれました。そして今度は、僕に面と向かって「ナンマンダブナンマンダブ・・」と、先ほどよりも強い勢いで拝み始めました。
僕が帰ろうとすると
「おいくらですか?」と聞いてきました。
こんなことでお代金をいただくのは心苦しかったので
「結構ですよ」と僕はいいました。
Aさんは「駄目です!!」といって、3千円を僕に無理やり渡してくれました。
崇め奉られた上に、10円玉の力で3千円を手に入れました。
しめしめ・・
2006年12月15日
2006年12月12日
ポール 再び
9月27日に紹介させていただいた、ポールから表札の注文をいただきました。そのときのことを書かせていただきます。
その日、僕が出張工事から帰ってくると、女性スタッフが青い顔をしておりました。
「本当にこれでいいんでしょうか?」といって、一枚の表札の注文書を僕に差し出しました。ある英語をしゃべる外国人からだということでした。よくよく聞いてみると、ポールからの注文でした。
僕はその注文書を見て
「そんなやつ、おらんやろ!」と声を出して一人で突っ込んでしまいました。
表札のデザインは、漢字を浮き彫りにして、その漢字の読みをアルファベットで漢字の横に浮き彫りにするものでした。
ポールの注文は
漢字は「胡椒」
アルファベットは「pepper」でした。
注文書には、商品が店に到着したことを連絡するために、お客様のお名前と電話番号を書いていただきます。ポールの注文書の名前の欄には「pepper」、ましてや「胡椒」という文字は見当たりませんでした。
「奥さんにプレゼントするといってましたよ」と、女性スタッフから聞きました。
確かに「胡椒」は「pepper」です。
奥さんの名前が「胡椒」という名前だろうか?
これは、日本人、または外国人に通じるだろうか?
奥さんは、外国人から「ハーイ、ペッパー!」と呼ばれるのだろうか?
などと、いろいろな疑問が浮かんできました。
1週間ほどして、ポールが表札をとりに来ました。
僕は、そのときも出張をしていて、女性スタッフが対応しました。
ポールは大変満足をしていたとのことでした。
ポールのこの注文は、外国人独特のユーモアだったのかな、と思うとともに、ひょっとしたらポールは、ものすごい豪邸に住んでいて、とてつもない広い厨房を持っているのではないかと思いました。
「砂糖」に「sugar」、「唐辛子」に「red pepper」、「豚脂」に「lard」の注文を心待ちにしております。
その日、僕が出張工事から帰ってくると、女性スタッフが青い顔をしておりました。
「本当にこれでいいんでしょうか?」といって、一枚の表札の注文書を僕に差し出しました。ある英語をしゃべる外国人からだということでした。よくよく聞いてみると、ポールからの注文でした。
僕はその注文書を見て
「そんなやつ、おらんやろ!」と声を出して一人で突っ込んでしまいました。
表札のデザインは、漢字を浮き彫りにして、その漢字の読みをアルファベットで漢字の横に浮き彫りにするものでした。
ポールの注文は
漢字は「胡椒」
アルファベットは「pepper」でした。
注文書には、商品が店に到着したことを連絡するために、お客様のお名前と電話番号を書いていただきます。ポールの注文書の名前の欄には「pepper」、ましてや「胡椒」という文字は見当たりませんでした。
「奥さんにプレゼントするといってましたよ」と、女性スタッフから聞きました。
確かに「胡椒」は「pepper」です。
奥さんの名前が「胡椒」という名前だろうか?
これは、日本人、または外国人に通じるだろうか?
奥さんは、外国人から「ハーイ、ペッパー!」と呼ばれるのだろうか?
などと、いろいろな疑問が浮かんできました。
1週間ほどして、ポールが表札をとりに来ました。
僕は、そのときも出張をしていて、女性スタッフが対応しました。
ポールは大変満足をしていたとのことでした。
ポールのこの注文は、外国人独特のユーモアだったのかな、と思うとともに、ひょっとしたらポールは、ものすごい豪邸に住んでいて、とてつもない広い厨房を持っているのではないかと思いました。
「砂糖」に「sugar」、「唐辛子」に「red pepper」、「豚脂」に「lard」の注文を心待ちにしております。
2006年12月11日
学術的分類
カギ屋を利用されるお客様を学術的に分類し、各々の対処方法を発表いたします(これは、あくまでも僕の対処方法です)。
僕の店にお越しになられるお客様を、僕は恐れ多くも3つに分類しております。
第一類は、目的を持って合鍵作製を依頼される方、表札、印鑑を作られる方です。毎日お越しになられる大切なお客様で、僕やスタッフの生活を支えてくれる「ビジネス系」の方々です。
第二類は、ビジネスの目的を持ってらっしゃらない方々ですが、僕やスタッフとのおしゃべりを楽しみにお越しになられる方々です。僕やスタッフにとっては精神的に元気をくれる「癒し系」の方々です。
第三類は、上記以外の方々です。どういう方々かというと、見えない敵と日々闘っていらっしゃる「妄想系」、及び、スプリンクラーや、扇風機などからの 謎の声 が受信できる「電波系」の方々です。カギ屋という商売柄、第三類の方々はよくお越しになられます。季節の変わり目に、お越しになられます。
お客様と僕の店の関係を学術的に説明すると、第一類ビジネス系と第二類癒し系の方々は、僕の店との相互依存により、双方が物質的利益、精神的利益を享受することとなり、良好な関係を恒久的に継続することを双方が望んでいると推測され、その実現のために双方の理性と人間性をもって、より強固な絆となることが期待されます。
第三類妄想系、電波系の方々は、僕の店に一方的な依存をすることで、第三類妄想系、電波系の方々のみに精神的利益が享受され、または、双方に精神的不利益がもたらされることとなり、良好な関係を構築することが極めて困難であります。
かいつまんで言えば、うっとうしいので僕の店には来ていただきたくありません。
第一類、第二類に関しての対処方法は、言うまでもなく、誠意を持って接客いたします。これらの方々を増やすことが、そのカギ屋の腕の見せ所であります。
第三類の対処方法は、
「妄想系」の方々については簡単です。この方々は、ほとんど同じことを相談してきます。おおよそ「どんなに防犯性の高いカギをつけても、すぐに入られる」「犯人は、わかっている」「警察も相手にしてくれない」といってすがってきます。対処方法として「犯人が判っているのなら、その犯人が捕まってから店にお越しください。それまではどんなカギをつけても無駄ですよ」と言いましょう。こんなやり取りを2,3回繰り返すと来なくなります。おそらく別のカギ屋さんに相談しに行かれるでしょう。
「電波系」の方々については、少し厄介です。何を言っているかわからない上に、頼んでもいないのに何度もお越しになられるからです。
商売人としては、少し心苦しいのですが、威厳をもって対処することをお勧めいたします。ほんの少し怒鳴り気味での接客を心がけましょう。
店が暇になると、こんなことを真剣に考えている僕は、「第三類」に分類されるのでしょうか?
僕の店にお越しになられるお客様を、僕は恐れ多くも3つに分類しております。
第一類は、目的を持って合鍵作製を依頼される方、表札、印鑑を作られる方です。毎日お越しになられる大切なお客様で、僕やスタッフの生活を支えてくれる「ビジネス系」の方々です。
第二類は、ビジネスの目的を持ってらっしゃらない方々ですが、僕やスタッフとのおしゃべりを楽しみにお越しになられる方々です。僕やスタッフにとっては精神的に元気をくれる「癒し系」の方々です。
第三類は、上記以外の方々です。どういう方々かというと、見えない敵と日々闘っていらっしゃる「妄想系」、及び、スプリンクラーや、扇風機などからの 謎の声 が受信できる「電波系」の方々です。カギ屋という商売柄、第三類の方々はよくお越しになられます。季節の変わり目に、お越しになられます。
お客様と僕の店の関係を学術的に説明すると、第一類ビジネス系と第二類癒し系の方々は、僕の店との相互依存により、双方が物質的利益、精神的利益を享受することとなり、良好な関係を恒久的に継続することを双方が望んでいると推測され、その実現のために双方の理性と人間性をもって、より強固な絆となることが期待されます。
第三類妄想系、電波系の方々は、僕の店に一方的な依存をすることで、第三類妄想系、電波系の方々のみに精神的利益が享受され、または、双方に精神的不利益がもたらされることとなり、良好な関係を構築することが極めて困難であります。
かいつまんで言えば、うっとうしいので僕の店には来ていただきたくありません。
第一類、第二類に関しての対処方法は、言うまでもなく、誠意を持って接客いたします。これらの方々を増やすことが、そのカギ屋の腕の見せ所であります。
第三類の対処方法は、
「妄想系」の方々については簡単です。この方々は、ほとんど同じことを相談してきます。おおよそ「どんなに防犯性の高いカギをつけても、すぐに入られる」「犯人は、わかっている」「警察も相手にしてくれない」といってすがってきます。対処方法として「犯人が判っているのなら、その犯人が捕まってから店にお越しください。それまではどんなカギをつけても無駄ですよ」と言いましょう。こんなやり取りを2,3回繰り返すと来なくなります。おそらく別のカギ屋さんに相談しに行かれるでしょう。
「電波系」の方々については、少し厄介です。何を言っているかわからない上に、頼んでもいないのに何度もお越しになられるからです。
商売人としては、少し心苦しいのですが、威厳をもって対処することをお勧めいたします。ほんの少し怒鳴り気味での接客を心がけましょう。
店が暇になると、こんなことを真剣に考えている僕は、「第三類」に分類されるのでしょうか?
2006年12月06日
感謝
先日起こったことについて、最大の侮辱、最大の皮肉を込めて書かせていただきます。
僕の店は、最近売り上げが伸びません。そこで販売促進のために店の宣伝が書かれてあるティッシュを配っていました。
店をスタッフに任せて、店の近くで僕がティッシュを配っておりました。ほとんどの通行人は「ありがとう」といってバッグやポケットにしまいます。
少年の2人組でした。大きな声を出しながら僕に近づいてきました。年は18歳前後というところでしょうか、中途半端に髪を染め(これが流行でしょうか)、知性の無さが顔とその身なりから滲み出ていました。僕が大嫌いな類の人間でした。
少年のうちの1人が手を差し出しました。僕は1つティッシュを渡しました。もう一方の手でもう一回手を差し出しました。二人連れだったのでもう1つティッシュを渡しました。その少年はさらに手を差し出しました。僕は「もう、あげれません」といいました。
少年は
「あはー お兄ちゃん、このティッシュが早く減ったほうが都合がええんちゃうん?あはー」といってきました。
僕は、この少年のこの言動について、はじめはバカにされたという(怒り)がありましたが、時間が経つにつれその感情は(哀れみ)に変わりました。
この少年たちは、いずれ親元を離れ、社会に出ることになります。社会に出るということ、それは自分を生かすために働く場所を求める 競争 にさらされるということです。つまり、仕事を求める椅子とりゲームに強制的に参加させられることになります。
社会は、このようなお行儀の悪い人間を受け入れる寛容さを持ち合わせていません。働く場所を提供する 会社 は、会社の将来を左右する人材として、モラル、常識を持っていない人達を受け入れるはずがありません。つまり会社はこのような人達に椅子を与えるようなことはしないのです。しつけをされていないバカな犬は、誰からも愛されないのです。
言い換えれば、このような行儀の悪い人達は、その立ち居振る舞いによって、自ら椅子を遠ざけており、そうすることによって、モラルを持った人達に椅子を差し出してくれているのです。自己を犠牲にしてまで椅子を譲ってくれるこのようなバカな犬に感謝しなければなりません。
おそらく、この少年たちがこのブログを見て、自分たちのことを書かれているとわかっても
「俺たち、感謝されてるんだぁ あはー」としか感じないでしょう。
未熟だ、という理由のみで少年(少女を含む)は弱者であり、弱者には人権と自由を与えなければならない、という何の根拠もない間違った大義名分の元に行われた教育の結果でしょうか、ある意味ではこの少年たちは、社会の犠牲者かもしれません。しかし社会に一度出てしまうと、自己のモラル、常識のなさを誰の責任にもできないのです。哀れにも思いますが、これが現実なのです。そして、社会のモラルがどんどん低下していくのです。
僕は、決して若い人たち、少年たちのバッシングをするためにこのブログを書いたわけではありません。このようなモラルのない人間が量産される社会に対してささやかな批判をさせていただきました。
僕の店は、最近売り上げが伸びません。そこで販売促進のために店の宣伝が書かれてあるティッシュを配っていました。
店をスタッフに任せて、店の近くで僕がティッシュを配っておりました。ほとんどの通行人は「ありがとう」といってバッグやポケットにしまいます。
少年の2人組でした。大きな声を出しながら僕に近づいてきました。年は18歳前後というところでしょうか、中途半端に髪を染め(これが流行でしょうか)、知性の無さが顔とその身なりから滲み出ていました。僕が大嫌いな類の人間でした。
少年のうちの1人が手を差し出しました。僕は1つティッシュを渡しました。もう一方の手でもう一回手を差し出しました。二人連れだったのでもう1つティッシュを渡しました。その少年はさらに手を差し出しました。僕は「もう、あげれません」といいました。
少年は
「あはー お兄ちゃん、このティッシュが早く減ったほうが都合がええんちゃうん?あはー」といってきました。
僕は、この少年のこの言動について、はじめはバカにされたという(怒り)がありましたが、時間が経つにつれその感情は(哀れみ)に変わりました。
この少年たちは、いずれ親元を離れ、社会に出ることになります。社会に出るということ、それは自分を生かすために働く場所を求める 競争 にさらされるということです。つまり、仕事を求める椅子とりゲームに強制的に参加させられることになります。
社会は、このようなお行儀の悪い人間を受け入れる寛容さを持ち合わせていません。働く場所を提供する 会社 は、会社の将来を左右する人材として、モラル、常識を持っていない人達を受け入れるはずがありません。つまり会社はこのような人達に椅子を与えるようなことはしないのです。しつけをされていないバカな犬は、誰からも愛されないのです。
言い換えれば、このような行儀の悪い人達は、その立ち居振る舞いによって、自ら椅子を遠ざけており、そうすることによって、モラルを持った人達に椅子を差し出してくれているのです。自己を犠牲にしてまで椅子を譲ってくれるこのようなバカな犬に感謝しなければなりません。
おそらく、この少年たちがこのブログを見て、自分たちのことを書かれているとわかっても
「俺たち、感謝されてるんだぁ あはー」としか感じないでしょう。
未熟だ、という理由のみで少年(少女を含む)は弱者であり、弱者には人権と自由を与えなければならない、という何の根拠もない間違った大義名分の元に行われた教育の結果でしょうか、ある意味ではこの少年たちは、社会の犠牲者かもしれません。しかし社会に一度出てしまうと、自己のモラル、常識のなさを誰の責任にもできないのです。哀れにも思いますが、これが現実なのです。そして、社会のモラルがどんどん低下していくのです。
僕は、決して若い人たち、少年たちのバッシングをするためにこのブログを書いたわけではありません。このようなモラルのない人間が量産される社会に対してささやかな批判をさせていただきました。

