2009年11月13日

ヒーローになった日

カギ屋をしているとたまにヒーローのように奉られることがあります。

それは緊急の解錠の時で解錠に時間がかからなかったときなどです。ギャラリーが多ければ多いほど盛り上がります。

僕は今まで普通に過ごしてきたのでヒーローになれることはあまりありませんでした。カギ屋をやっていて良かったと思う理由の1つはこのようにヒーローになれることがあることです(恐らくどの職業でもヒーローになれることはあると思います)。

まだ若輩者の僕ですが、学生時代に ヒーロー になったことがありました。数少ない僕の武勇伝ですがお読みいただければ幸いです。


・・・


中学か高校のどちらかのときでした。

その日は母親が朝寝坊をして、弁当のおかずが間に合いませんでした。お米だけが炊けていました。

僕は弁当箱に先ずお米をいれて、おかずのところに ある物 をいれ、それに付属する道具を持参して学校に行きました。

昼休みになり僕は持ってきた弁当箱の蓋をあけ、おかずのところに入っていた ある物 を取り出し、食べることができるようにしようとしていたときでした。

1人の友達が、僕の持ってきた ある物 を見て

「お前、それ食うんか?」

と目を丸くして言ってきました。

「そやけど・・」

というと、その友達は大きな声をあげて大爆笑しました。

それから、その友達の笑い声につられてみんなが僕に近寄って次々に爆笑し始めました。あちらこちらで「アホやー!」「おもろいっ!」などの賞賛の声が聞こえました。

特に女子は「いやーっ!」といって笑いながら僕から離れて行き、井戸端会議をするおばちゃんのようにこちらを時々指差しながらひそひそ話をして、また爆笑しておりました。



僕が何をしていたかというと、単に缶詰を缶きりで開けようとしていただけでした。
ある物 とは缶詰でした。


もはや戦後ではない

といわれてから随分経ち、時代は飽食の時代でした。
弁当のおかずに缶詰を持ってきたことが斬新だったのか、その当時の言葉で言えば ナウい のか、イカす のか、いずれにせよ僕はみんなの心を鷲掴みにすることができました。



缶詰と缶きりでこれだけ笑いが取れるとは思いませんでしたが、僕はヒーローのような気分になっていました。

ですが

しばらくしてみんなが笑っている本当の理由がわかりました。



僕が持ってきた缶詰は キャットフード でした。



・・・



ヒーローって心地よいものですね・・・。
posted by ロン at 14:13| 上海 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月12日

般化2

あくまでも仕事上での話です。

僕は仕事上、絶対に使わない言葉があります。

それは

「自分なりに頑張った」

という言葉です。くどいようですが、あくまでも仕事上での話です。


自営業をしていると、お客様の要望に応えられなければいくら頑張ったからといってもお代金はいただけません。自営業での「自分なりに頑張った」は、頑張っていても頑張っていなくても 言い訳 なのです。

当たり前のことを書いていますが、僕がこの言葉を使わないと決めたのは自営業をはじめてからではなく、会社勤めをしていたときからでした。


・・・


僕がある会社で役職についていたときに、僕の部門のサポートとして1人の女性(Bさんとします)が配置されました。新しくパートとして会社が雇った人でした。

Bさんは最初から違和感がありました。

仕事自体は難しいものではなく誰でもできる仕事でしたが、指示を与えても文句を言うばかりで仕事をしようとせず、自分の事ばかり話して仕事も嫌々ながらしているようでした。別に言っても仕方がない自分のことばかり話して陰口の多い人でした。能力的に できない のではなく、文句ばかり言って やらない のでした。ある意味で会社、仕事に対する冒涜でした。

一般論を言うと、正社員、パート、アルバイトなど会社での雇用形態はさまざまですが会社では成果(非営業部門以外は利益)が求められます。通常は成果を得るために個人個人頑張ります。頑張って成果を出す人もいれば頑張っていなくても成果を出す人もいます。元も子もない言い方をしますが、仕事においては成果を出した人が勝ちなのです。

ある日、Bさんは僕の上司に僕の態度が気に入らないということを告げ口しました。仕事上の建設的な話ではなくいわゆる インネン と 愚痴 を僕のいないところで上司に話しました。仕事をしない理由が僕にあるように言っていたようでした。Bさんがこの会社に入ってから1週間経った頃のことでした。

上司がBさんの告げ口を一通り聞いたところで、その場に僕が呼ばれました。僕とBさんと上司が3人での会話になりましたが、Bさんは相変わらず仕事上のことではなく感情的に僕の悪態をついておりました。

僕は正直にBさんの仕事の達成度合が極めて低いこと、何より仕事に対する姿勢がおかしいこと、働く人としてどうよ、ということをできるだけオブラートに包みながら話しました。Bさんはおどおどしながら

「自分なりに頑張っているつもりです」

と言いましたが、上司は

「自分なりに頑張っているのは、自分に対する言い訳で実際は頑張っていないということです。そんな人はこの会社には必要ありません」

と言いました。僕がオブラートに包んでいたことをそれこそ包み隠さずズバッと言いよりました。



Bさんが会社を辞めるときは本当に悲惨でした。1人の味方も無く、厄介払いよりもひどい 憐れみ を持って追い出されました。
仕事ができないわけではなく、やればできるのにやらない怠け者の心の汚さ、頑張ってもいないのに頑張ったとアピールする心の汚さを人間が気付かない訳がありませんので当然といえば当然でした。
Bさんがこの会社に入って2週間目のことでした。


・・・


僕が今回書きたいのは、単に「自分なりに頑張った」という言葉は、仕事上では通用しない、仕事上成果が出なければ 頑張った というのは言い訳でしかないということではありません。


心理学の用語で 般化 という言葉があります。
一定の条件反射が形成されると、最初の条件刺激と類似の刺激によっても同じ反応が生じる現象を言います。くだいて言うと犬に咬まれると、どんな犬を見ても怯えるという現象を表す言葉です。

僕はBさんという人間を見て「自分なりに頑張った」と口に出して言う人は、頑張っていない人の言い訳でしかないと思うようになり、そのような人とは一線をおいて付き合おうと思うようになりました。また、自分が本当に頑張っても成果が出なければこの言葉は言ってはいけないと思うようになりました。

特に自営業の場合はお客様のご要望に応えられない時に「自分なりに頑張りました」と言ってしまうと、自分の能力の無さを曝け出してしまうだけとなり、後々の商売に響いてしまいます。本当に頑張ったとしてもです。


仕事にしろ生きていくにしろ頑張っていない人はいないのです。今生きている時間をそれぞれの土俵で皆てんばっているような気がします。何より本当に頑張っている人は頑張っていることを人に言うことを恥だと感じていると思います。




・・・




ここまで書いておいて何なんですが、僕は「自分なりに頑張った」ということがあります。

それは 僕は大金持ちになる という目標を皆さんに伝えて、当たらなかった宝くじを皆さんに見せながら「自分なりに頑張った」といいます。


・・・笑いを取るために宝くじに投資をする僕の 頑張り を褒めていただければ幸いです・・・

posted by ロン at 18:41| 上海 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月10日

消極的大勝利(銭湯編)

僕は銭湯が好きです。

仕事が終わった後、その日のカギの仕事に満足した後などは自分へのご褒美としてよく銭湯に行きます(家に風呂がないわけではありません)。



・・・



いつものように仕事が終わって僕はある銭湯に行きました。その銭湯は今までにも何回も行っている銭湯でしたが、評判がよくない銭湯でした。

友達が言うには番台のおっさんが少し変わっているということでしたが、僕は番台のおっさんから変なことをされたことは一度もありませんでした。確かにその銭湯は汚いのですが僕はそこがその銭湯の 味 であると思っていました。何十年も前の週刊誌などがおいていることも1つの 味 であり、冷水風呂がにごっているのもささやかな 味 であり、番台のおっさんが変でもそれが 味 だと思っていました。


閉店時間より少し前にその銭湯に入って、湯船の中で演歌を鼻歌で歌っているときでした。

脱衣場から足音が聞こえました。
浴場への扉が開くと同時に、番台に座っていたおっさんが素っ裸でデッキブラシをもって「ヒャーーー!!」とファルセットボイス(裏声)を発しながら一目散に湯船に向かってきました。

ドップーン 

と僕が入っている湯船の中におっさんが僕に挨拶もなく勢いよく入ってきて、そのデッキブラシでゴシゴシと湯船を磨きはじめました。当然湯船の中には湯が満杯入っていました。湯が入っている湯船の底と壁面を何のためらいもなく「ヒャーーー!!」というファルセットボイスと共に笑いながらゴシゴシと磨いていました。恐らく僕のことをジャガイモかキャベツ、または温泉玉子くらいにしか思っていなかったのでしょう。

しばらくゴシゴシが続いた後、番台のほうから

「おーい、客来とるぞ!」

と、お客さんが大声で叫んでいました。

おっさんは

「ヒャーーー!!」

といいながら、素っ裸で番台のほうへ戻っていきました。

起承転結までにほんの少しの時間でしたが、評判がよくない理由、冷水風呂がにごっている理由が一瞬にして理解できました。


・・・


数日経って、友達にこの話をすると

「ロン、お前まだマシやで。僕なんかもっとすごいことがあったで。僕なんかなあ・・・」

内容は言えませんが、僕は彼よりずっとずっと幸せでした。彼は泣きそうな顔をしながら僕にうったえてきました。


僕はこのことがあって以来その銭湯には行かなくなりました。

一回の料金が410円、将来にわたってその銭湯には行かないと心に決めましたので 410円×行こうとしていた回数分 の売り上げを僕はこの銭湯に払うことはなくなりました。僕の大勝利でした。



・・
・・・。


どなたか気の小さなロンの 大勝利 に慰めの言葉を下さい・・・

posted by ロン at 14:05| 上海 雨| Comment(4) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月03日

美は乱調にあり

カギ屋という職業、自営業をしていてしばらく経ちますが最近になってつくづく思うことがあります。それはその道で成功された先人(ここでいう 先人 とは 前人 というニュアンスでかかせていただきます)、特にその生業を長くされている方々の言葉は、そのとおりだと思う、というよりそのとおりだと気付かされることが多々あります。

ある方のお話と僕が体験して なるほど と思った話を書かせていただきます。


・・・



僕が自営業を創めるにあたってその方が1つのお話をしてくれました。それはその方の失敗談でした。


その方はある業種で成功しています。その方の仕事は高度な知識とタイミングを要する仕事です。

その方がその職業を始めてからすぐのときでした。あるタイミングを逃してしまい相手に多大な損害を与えてしまったことがありました。相手は大きな会社でした。

先方は怒りのあまり、これからの取引を止めると言い出しました。その方にとっては大きな痛手、というより、何よりも多大な損害を与えてしまったことを悔いました。

その方は出入り禁止になっていたその会社に何度も何度も通い、与えた損害を取り戻す機会を与えてもらうように何度も何度も頭を下げました。自らの利益などは考えず、ひたすら通いました。門前払いは当たり前でした。


恐らく自分の失敗から逃れるために、また、これ以上嫌われている相手と取引したくないために即座に取引を止めることもできた状況でした。自分が可愛ければ取引をこちらから止めることができる状況でした。

でもその方は逃げることはしませんでした。
通い始めてから随分経ってからようやく会社の中に入れてもらうことができ、それからその方ができることを謝罪と共にひたすら説明しました。

ある時、ようやく仕事をもらえる日が来ました。その方はもう失敗しないようにするのは当然として、全力でその仕事に取り組み完遂することができました。その仕事をもらったときは口では言い表せないほどの喜びでした。

長い月日が流れ、今ではその会社が1番の得意先になり、同種の仕事を他の会社が持ってきても、その方のところにしか仕事を依頼しないようになりました。今でも時々、そのときの失敗の話は過去の笑い話となりその会社との親交を深めております。


・・・


まだ拙いカギ屋での僕ではありますが、同じように以前に大クレームを起こした事がありました。僕は本当にドジなので2回大クレームを起こしました。どちらとも同じ種類の商品でした。

クレームを起こしたときに、その方の話を思い出していたわけではありませんが、僕もできるだけのことをして、今ではそのどちらともがまだ僕の店を頼ってくれています。




僕のことはさておいて、商売上のみならず生きる全ての場面において心がこもった行動が 美 だと僕は思います。美しさ 美 とは、表面上の美しさではありません。恥ずかしいこと、情けないこと、かっこ悪いことなど表面上は美しくないことですが、人を想いながら美しくないことをすることこそが 真心 であり 美 だと僕はその方から学んだと商売をしているうちに気付かされました。真の 美 とは表面上の美しさを超越した、本当に人を想いながら美しくない行動をとる 勇気 、かっこ悪い行動をとる 勇気 、そして自分の良心に従っていかなる状況にも向き合うことができる 勇気 だと僕は思います。それは 誠意 と言い換えることができるかもしれません。

そしてその 美 は、不手際や失敗を起こしてしまったとき、つまり乱れてしまったときにこそ初めて気が付くものです。上手くいっているときにはなかなか気が付かないものです。上手くいっているときの成長、慢心しているときの成長というのは偽りの成長だと思っています。





美は乱調にあり 諧調は偽りなり



この言葉はある高名な先人がおっしゃられた言葉です。解釈は人それぞれだと思います。


この方以外の先人からもいろいろな言葉をお聞きすることができました。

これからもいろいろな言葉の 真の意味 がわかることができるように頑張らねばと思っています。
posted by ロン at 17:40| 上海 | Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月31日

カミングアウトの悲劇

僕はこのブログでアニメが好きだということを何度か書かせていただいておりますので僕が アラフォーアニメッ子 だということは皆様ご存知だと思います。ありがとうございます。

この年でアニメが好きだということが グローバルスタンダード だと思ってはいませんでしたが、心ある人なら同調してくれるものだと思っておりました。

先日、リアルな世界で僕がアニメが好きだとカミングアウトしたときのことを書かせていただきます。


・・・


僕の友達にはアニメやゲームが好きな人達がたくさんいます。

同年代の人達は幼少の頃はテレビが全盛の頃だったので、アニメもよく見ていたと思います。アニメにはそれほどの抵抗はないのは当然といえば当然のことです。

ある日、僕がよく行く本屋さんに行っていたときでした。店の主人はだいたい僕の母親と同じくらいの年の女性です。

そのときは、僕以外にお客様はいなかったので僕も店の中をうろうろして雑誌のところを見ていました。

「今はいろいろな雑誌が出てますね」

などと話しながら、雑誌の表紙を見ていると、僕がお気に入りのアニメの連載をしている少女雑誌が目に入りました。

僕はこの少女雑誌を指差して

「この雑誌、売れてますか?」

と聞くと

「あまり売れてませんね」

と言いました。

僕はなぜか自分が好きなアニメの連載をしているこの雑誌が愛おしくなり

「この雑誌に連載されている話はいい話ですよ。僕アニメが好きなんですがこのアニメはすごくいいですよ」

と僕がアニメ好きであることを カミングアウト しました。

主人はしばらく間をおいて

「ああ、そうですか・・・ロンさん、あなたどれだけ幸せが少ない人なんですか?結婚ができない理由がわかりますわ」

と笑いながらおぬかしになられました。


もし自分が好きな声優さんの話をしようものなら

「死ね!」

といわれそうなので僕はこれ以上何も言えませんでした。



僕はこの日、今年一番傷つく言葉を発せられました。



・・・




幸せが少ないついで、結婚ができないついでに申し上げますと、現在放映中のアニメで僕のお気に入りベスト3は

1 君に届け
2 獣の奏者エリン
3 夢色パティシエール

です。


もし、カギ屋さんでアニメが好きな方、アラフォーでアニメが好きな方がいらっしゃいましたら、僕のブログのコメントでカミングアウトしていただければ至上の幸福にございます。よろしくお願いいたします。



・・・

むやみに カミングアウト しても傷つくことがあると知った41歳の秋でした。
posted by ロン at 17:18| 上海 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月27日

怒りのベクトル(奨学金編)

元も子もない言い方をしますが、何のために仕事をするかといえば食っていくために、生きるためにです。一言で言えばお金を稼ぐためにです。お金とは命をつなぐために必要不可欠なものです。

僕がカギ屋という職業をしているのも、カギが好きだからという理由もありますがそれ以上にお金を稼ぐためにカギ屋という職業をさせていただいてます。

どの職業でもそうですが売り上げを上げないと仕入れや家賃、電気ガス水道などいろいろな経費が払えない上に給料というものが出ません。お金とは本当に大切なものです。



今回、僕がどうしてこんな当たり前のことをくどくど書いているかというと、最近お金に対する考え方、モラルのおかしい人達が増えてきたのではないかと思っているからです。



・・・



つい先日、奨学金についての記事がありました。返還をしていない人達がかなりの人数いるという記事でした。

返還しない人、返還できない人など、理由はそれぞれでなので僕は何も突っ込むことはできませんし突っ込むつもりもありません。根本的に金の貸し借りは当事者の問題だからです。僕が言いたいのは奨学金を返還しない人、返還できない人を正当化するような言動をする当事者ではない人達が存在するということです。

その方たちがおっしゃるには

奨学金は欧米諸国では「給付制」が原則、日本は「貸与制」
大学卒業後に返還する奨学金は大半が利子がつく「有利子奨学金」

などと、あたかも日本の奨学金制度が悪であるようなことを 後だし しています。

奨学金制度に限らずお金の貸し借りは当事者間の問題です。お金は借りたら返すのが当然のことです。当事者間で問題を解決するのが当然のことです。奨学金に関しては無理やり貸し付けるようなことをしているわけではなく、借りる側が希望しての契約なのです。借りたら返すということを契約時に確認しています。当たり前のことです。

当事者でない人達が上記のように奨学金制度にケチをつけて、あたかも返還しなくても良いような理由を提示するとはどういう了見でしょう?例えるなら、料理を注文して食べ終わった後に、別の客が食い逃げを促すようなケチを教えているようなものです。


確かに社会には強者もいれば弱者もいます。今回書かせていただいている奨学金を返還できないという人は全てだとはいいませんが経済的弱者だといえます。このような問題が大きく報道されると、弱者を盾に当然の約束やモラルを反故にするようなことを煽動する当事者以外の人達が必ず出てきます。
弱者をいたわるべき という大義名分で約束やモラルを反故にするような奸知を部外者が植えつけること、しかも 後だし は何か違うと思います。当事者間の契約に部外者が後から口出しすることを、世間では インネン または イチャモン といいます。
口出しをするのなら、少なくとも万人を説得できるだけの理論を出して、その言葉に責任を持っていただきたいと思います。理論に正当性がない イチャモン を声高々に叫んで、自分の発した言葉に責任を取らない人は 子供に見せたくない大人 の殿堂入りを果たすだけになります。



・・・



私事で恐縮ですが僕は大学時代、奨学金を受けておりました。上記に書かれてある 有利子奨学金 でした(年利3%だったと思います)。


僕が社会に出て奨学金の返還が始まって3年ほど経ったときに、いわゆる 阪神大震災 がありました。


震災の日から少し経ったときに、奨学金返済猶予の申請ハガキが来ました。頼んでもいないのに です。

日本育英会(現日本学生支援機構)は本当に 情 がありました。




奨学金の返還をしない人達、恩を仇で返すような人達は言うまでもありませんが、それ以上に返還しないことを稚拙な論法で正当化するような外野の人達の方がより悪質だと思います。

もし現在、経済的困窮で奨学金の返還ができない方は、申請すれば返済猶予を認められる場合があるかもしれません(詳しくはお調べください)。

僕は15年ほどかかって全額返済いたしました。
posted by ロン at 18:39| 上海 霧| Comment(5) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月25日

親切とは黙ってするもの

カギ屋に限らず、商売をしていると特に人間関係については毎日が勉強になることばかりです。

商売上で利害関係がある場合の人間関係は単純です。お互いの利益のために 下心 を表面に出さないようにして良好な関係を築こうとします。

利害関係を抜きにして人間関係を良好にしようとするときは 親切 がキーワードになります。対象の人から好意を持っていただけるように働きかけることで、自分も幸せになれるのだと思います。親切 ということが人間関係をよくし、人間関係をよくすることで自分も幸せになれます。

ただ利害関係を抜きにした 親切 とか 善行 と自分が思う行為に関して、僕は1つの信念を持っています。それはその行為をさせていただいたことやさせていただくことを口に出してアピールをしないということです。これには2つの理由があります。



1つは、自分が思っている 親切 や 善行 を口に出すことは、自分が 心が綺麗だ とか 自分は慈悲深い などの虚栄心をアピールするということにつながります。虚栄心から来るものは本当の 親切 や 善行 ではないと僕は思います。虚栄心から来るものでなければ、黙ってその行為をすればいいと思っています。例えば、慈善団体に○○円寄付をしたことを口に出す方々がいらっしゃいます。寄付をするという行為自体は素晴らしいことですが、寄付をしたということを口に出した時点で何か 下心 があるような気がします(口に出してアピールすることが全て悪いとは思っていません。矛盾するようですが、本当に寄付が集まらなければ深刻な事態が発生する場合などは、どんどんアピールして人の心に訴えることも必要な場合はあると思っています)。


もう1つは、僕のある体験から来ています。先日、ある本を読んでいると 親切 や 善行 に関して偶然にも僕と全く同じ体験をされていた方のことが載っていました。お読みいただければ幸いです。


・・・


僕がまだ小学生くらいの時の話です。

学校か家かどちらかだと思うのですが、お年寄りには席を譲りましょうというようなことを教えられました。

ある日、一人でバスに乗ることがありました。僕が席に座っているとタイミングよく一人のご老人が僕の横にきて立ちました。

僕は席を立って

「おじいさん、どうぞ」

と言いました。

そのご老人は

「おじいさんと違う!!」

といってかなりお怒りになられたようでした。


そのご老人がまだまだ自分は若いとお思いになられていたことを、僕の一言で傷つけたのかな と考えられる年でもありませんでしたが、僕はそのご老人の声を聞いて、どうして怒っているかが一瞬にして理解できました。






そのご老人は おばあさん でした。


・・・


僕はこの日以降、席を譲らせていただくときには、黙って席から遠ざかるようにしています。
posted by ロン at 14:13| 上海 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月20日

肩書き

先日、店の片づけをしていると僕の名刺が出てきました。サラリーマン時代のものと、カギ屋になってからのものが何種類も出てきました。

名前の上に書いている肩書きを見ながら少し思ったことを書かせていただきます。


サラリーマンは、会社が肩書きを決めます。サラリーマンはより良い肩書きを求めて仕事を一生懸命するといえます。
それとは逆に、僕などの自営業者、起業した人は自分で肩書きを決めなくてはなりません。お客様や取引先様に先ず自分というものを覚えていただくために自分という人間を肩書きで表現します。もちろん国家資格などを持っていらっしゃる方は堂々と肩書きを書くことができますが、資格がない自営業や個人の肩書きは全て 自称 ということになります。
どんな仕事をしているか、どんなことができるかをできるだけ簡潔に表現することが求められます。肩書きとは難しいものです。




テレビをみていると、いわゆる コメンテーター といわれる人がほとんどのワイドショーに出ていますが、あれは誰がその肩書きを決めているのでしょう?


肩書きというものが重みを持つものだとは十分認識しているつもりですが、肩書きを見ていて違和感を覚える肩書きがあります。それはその肩書きから何をしているか推測できない場合と、自分に尊厳を持たそうとする心意気だけが先走りしている場合です。砕いて言うと、装飾語がついている肩書きです。往々にしてそのような肩書きは笑いを誘います。


○○家、○○評論家、○○アナリストなどは、テレビ局から祀り上げられてつけられたとしても自称としても納得いくものですが、明らかに笑いにしかならない肩書きを先日見ました。

それは、「別にー」といって芸能界から干された女優さんの旦那様の肩書き

ハイパーメディアクリエイター 

という肩書きです。


メディアクリエーターという職業が何をしているかはわからないとしても、自分で ハイパー と名乗るのはいかがなものかと思います。ハイパーの意味は 超越 向う側 という意味で ウルトラ と似たような意味を持つものらしいです(最近でハイパーを使うものとしては、ハイパーインフレという言葉を聞いたことがあります)。
この人がその業界でずば抜けた才能を持っていたらそういう肩書きでもおかしくはありませんが、それでも自分のことを 超越したメディアクリエーター であると自称していること自体にある意味で ギャグ のような感じを受けます。そこまで自分は凡人より超越していると感じているのであれば

媒体創造の神

といってくれたほうが安心して好感が持てます。



もし、ハイパーのように装飾語をつけてカギ屋の肩書きを決めるのであれば、僕は



エクセレント鍵師

ゴージャスロックスミス

デリシャス錠前師

ブリリアント防犯アドバイザー



になるのでしょうか?



昼間からアホなことを考えている チョベリグカギ屋 のロンでした。
posted by ロン at 15:46| 上海 | Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月13日

こころ

僕には大切な1枚のCDがあります。


・・・


僕がカギ屋をはじめてから3年ほど経ったときでした。

1人の友達が僕のところに来て
「これから商売を始めようと思っているんやけど。店の大体のレイアウトはできてて、これから店作りなんや。でもできるだけ安く店を作りたい。お金もそんなにあらへんし」

彼はかなりの苦労人で、ようやく貯めたお金で新しく商売をしようとしていました。店作りといっても、そんなにレイアウトにこだわるほどの高級なものを売るわけではなく、簡単な工作で店作りができるような感じでした。

僕は曲がりなりにも工作は少しできるので、彼の手伝いをしようと思いました。ホームセンターで2×4材や必要な部材を買ってきて、トラックに積み込み彼の言うとおりに組み立てて数日で完成しました。後は彼が装飾などをするだけとなりました。

その日の夜、彼は彼の両親を招いて居酒屋で開店前の小さな前祝をしました。その居酒屋は僕の行きつけの居酒屋で僕も誘ってくれました。

僕が少し早く来てカウンターで飲んでいると、彼と彼の両親が来られて僕に少し挨拶をして、2階のテーブル席に行き、親子水入らずで食事を楽しんでいました。

僕が居酒屋の主人と世間話をしていると、彼はひょっこりあらわれて

「ロン、ありがとう。ありがとう・・」

と何回も言いました。彼はカウンターと2階を何回も往復して僕に気を使っていました。彼の人柄でした。

僕が店を出ようとしたときに、彼がちょうどカウンターに来ました。

「ロン、何かお礼がしたいんやけど・・」

といってきました。

僕は別にお礼などは欲しくなく、

「そんなんいらんで」

と何回も言いました。

それでも彼はしつこく聞いてきたので、僕は彼が諦めるようにあるCDの話をしました。

そのCDは20年以上前に発売されたもので、もう販売していないものでした。何年も中古CD屋を探していましたが、ことごとく置いていないものでした。もちろん、喉から手が出るほど欲しいCDでした。

彼は諦めたように見えました。





彼が店を開店してから、1ヶ月ほど経ったときに彼がひょっこり僕の店に来ました。

「これ」

といって、袋を1つ僕に渡しました。

中身は1枚のCDでした。正に居酒屋で話していたそのCDでした。
僕はびっくりしました。

「これ、どないしたん?」

彼はこのCDを手に入れるために、いろいろ店を回ってくれ、最終的にネットオークションで落としたのでした。値段を聞いても彼は答えてはくれませんでしたが、オークションにもなかなか出てなくて、最終的には販売価格よりもかなり高い値段で落としてくれたようでした。


・・・


彼が店を出すためにやっとの思いで貯めたお金の一部で買ってくれたCDでした。



僕には人の こころ がこもった大切なCDが1枚あります。

posted by ロン at 16:16| 上海 霧| Comment(2) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月08日

過去の記事(天真爛漫な人)

天真爛漫もここまでいくとブログのネタにしかならないと思った出来事を書かせていただきます。


・・・



「カギの交換をしてほしいんですが・・」

と若い女性が店にお越しになりました。活発で利発そうなお嬢様でした。

その日の夜に早速伺いました。マンションでした。

その方の家の扉についていたカギは防犯性の低いカギでした。

僕は
「カギを換えて正解ですね。このカギは・・」など、取り留めのない話をしながら錠前本体をドアから取り外し、左手に錠前本体、右手にドライバーを持って、防犯性の低いカギを外し、新しいカギをつけようとしました。

「これから、防犯性の高いカギを取り付けま・・」と彼女の顔を見ようとした時でした。

「パーンッ!」

ものすごく軽快で、すばらしく響き渡る音がしました。

彼女は「やったーっ!!」と大声をあげました。

僕は平手打ちをされてました。汗で滲んだ僕の両手はふさがっていましたので何の抵抗もできませんでした。

彼女は、掌でつぶされた「蚊」を満足そうに僕に見せました。

「こんなに血を吸ってましたね!」と、悪びれる様子もありませんでした。

「・・よかったですね・・。」

僕は、苦虫を噛み潰したように答えました。少しずつほっぺたが痒くなってきました。



カギを錠前本体に取り付け、錠前をドアに取り付けようとした時でした。

不自然に彼女が手を振り上げた瞬間、

「パーンッ!」

一発目ほどいい音はしませんでしたが、彼女の手は僕の額に炸裂しました。なぜか彼女の手がスローモーションに見えました。

彼女は満足そうに、掌の「蚊」を僕に見せました。またまた僕の「血」がついていました。



カギ交換のお代金をいただき、車に乗りました。

不自然に大きくなった、ほっぺたと額の「ふくらみ」をかきながら、僕は言葉どおり「血」と「汗」を代償に彼女を満足させたことに喜びを感じました。


・・・


僕は、変な趣味は持っていません。
posted by ロン at 12:47| 上海 | Comment(2) | TrackBack(0) | 珍客日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする