2009年07月07日

最期に見るアルバム

このブログをはじめてから3年が経ちました。当初はこんなに続くとは思ってもいませんでしたが、いろいろな方とのブログ上での会話、また、自分が生きているリアルな世界で 働くこと 生きること って何だろうと自問自答しながら今まで何とか面白おかしく過ごすことができました。これもひとえにこのブログに立ち寄ってくださった方々、リアルにお会いして叱咤激励してくださった方々のおかげです。あらためて御礼申し上げます。


ありがとうございました。
これからもよろしくお願い申し上げます。


3年というからではありませんが、今、僕が思っていることについて書かせていただきます。少し赤面するような話ですがお付き合いいただければ幸いです。



・・・



生きていて、仕事をしていて 幸せって何だろう? と思うときがあります。

人生の一場面一場面で、僕は正しい選択をしたか、良心に従って行動をしたか、やり方が良かったかまずかったかなど、いろいろ考えて後になって胸をはったり後悔したりしてその時その時に幸せを感じたり感じなかったりします。
自分が正しいと思ってとった行動が尾をひいて嫌な気分になったり、ダメだったと思ったことが思いもよらず人から賞賛を浴びたり、おかしいと思っていてもみんながやっているからこれでいいんだと妥協して後で後悔したりなど、これはおそらく僕が生きている限り続くことでしょう。

人生の一場面一場面は、アルバムに貼られている写真のようなものだと僕は思います。何冊もある人もいれば一冊に満たない人もいるかと思います。綺麗に撮れている写真もあればぼやけていたり、自分が写っていない写真もあれば、途中で捨ててしまいたい写真もあるかもしれません。それを全部ひっくるめて写真を貼っていくことが人生だと思います。



人は最期に走馬灯のように人生を顧みるということを聞いたことがあります。

僕は思います。

自分の人生が幸せであったかどうかは、人生を顧みる時間が与えられた人がそのアルバムを見てどう感じるかだと。
つらかったこと、楽しかったことをひっくるめて最期にどう感じるだろうか?もしかしたら取り返しのつかないことをして失意の底で死んでいく人もいるかもしれません。また、取り返しのつかないことをしても、それを跳ね返し納得のいく一場面を新たに写真を貼っていくこともできます。最期の最期にどんでん返しで幸せかそうでないかを感じることがあるかもしれません。



まだ人生を顧みるには早すぎますが、僕の最期に人生を顧みる時間が与えられたら、笑いながら赤面しながら悔いの無いように逝きたいと思います。


・・・

人がたくさんいて、それぞれにいろいろなアルバムを持っています。

遥か遠くの織姫と彦星はどのように僕たちを見ているのでしょう。



今日は七夕なので、願い事をしつつ赤面しながらこのブログを書きました。


*3年間の成果といってはなんですが・・・

この「カギ屋が語る珍客万来事情」、seesaaブログの順位ですが生活のカテゴリーでは、約35000ブログ中、700から800位をうろうろしております。人気ブログには足元にも及びませんがここまで見ていただけるとは思ってもいませんでした。重ね重ね本当にありがとうございます。

最後に

見てくださる皆様、リアルにお会いする方々が僕にとっての月明かりであり松明です。

これからもよろしくご指導、叱咤激励をお願い致します。
posted by ロン at 12:53| 上海 雨| Comment(2) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月04日

余計な一言

カギ屋を拙いながらも経営をしているので、気が張っているせいか最近は病院に行くことがありません。今はいたって健康ですが、サラリーマンをしていたときは僕はしょっちゅう病院に行っていました。ほとんどが風邪でした。

ファッションの流行には疎いのですが、風邪に関しては時代の最先端をいくほど僕はすごく早く風邪を毎年ひいていました。

もう10年以上前の冬のことでした。その年は2回風邪をひき、2回目に病院に行くときは大流行でその病院は診察を受ける人で溢れかえっていました。その病院は僕の家から一番近い病院でしたが、以前にヘルペスになったときにお世話になって1年ほど行っていませんでした。

患者が多いのはどこの病院でもいっしょなので僕は雑誌を読みながら時間をつぶしていました。

なかなか名前を呼ばれないのは世の常と思いながら2時間ほど待っていました。明らかに僕より後に来た人が先に名前を呼ばれていましたが、その人たちは僕よりも病状が重い人達だろうななどと広い心で待ちました。

3時間ほど経って、だんだん人が減ってきました。それでも僕はまだ呼ばれませんでした。

広い心がだんだん狭くなって
「あの、もう3時間待っているんですがまだですか?」
と年配の看護師さんにいいました。

「しばらくお待ちください」
といって、診察室に入っていきました。

僕の名前が呼ばれました。

「カルテが一番下になってました」と悪びれもせずに淡々とおぬかしになりました。
大きな病院だから、こんなこともあるだろうとむかむかしている心を慰めながら診察室に入ろうとしました。すると、別の部屋へ連れて行かれ、いきなり手を握られ、注射するときのように腕を縛られました。

「何するんですか?」と僕が聞くと

「採血します」とその看護師さんはいいました。

僕は怒りの頂点に達しました。

「あんたのところは、患者から何も聞かへんまま血ぃぬくんかい!!?」

仏顔の僕がいきなり怒鳴ったので看護師さんはびっくりしていたようでした。

「カルテに採血の指示がありますので・・」と恐る恐る言ってきました。

「それ誰のいつのカルテやねんっ!!?こっちは風邪や言うてるやろがあっ!!!」と病人とは思えぬ元気いっぱいの声で言いました。

看護師さんは
「これですが・・」といってカルテを見せました。僕のカルテでした。

僕はそんなことを聞いているのではありませんでしたが、言葉通りにカルテを見せてくれた看護師さんには悪意が無いことはわかりました。

診察室では僕はもう怒りすぎて元気なく
「はい・・はい・・おう・・ふん・・」とぐったりしながら診察を受けました。

診察が終わって、看護師さんが
「お大事に・・」といって送り出してくれました。
僕は(言われんでも大事にするわいっ!!)と心の中で思っていると

「あなた、血の気が多そうやからほんまに血ぃ抜いたほうがええんとちゃいますか?」

とその看護師さんが笑いながら追い討ちをかけてきました。悪意のない天使のような笑顔でした。
もう僕は怒る元気もありませんでした。というより、怒ることさえ忘れさせるその看護師さんの余計な一言に、ある意味で感心しました。


正に

怒ったら負けかなーと思っている・・・


posted by ロン at 14:06| 上海 霧| Comment(2) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月28日

今いる場所

僕がカギ屋になる前、今からかれこれ15年以上前の話ですが、僕は中国のかなり北の内陸部で仕事をしていたことがありました。冬はマイナス20度以下、夏は40度くらいの年較差がかなり激しいところでした。

仕事として中国に初めて行った冬は、まだ国営の工場に生産を委託しておりました。大部分が人の手による生産だったのですが、生産技術はレベルが低く、現場にはりついていなければ不良品が大量生産されるような時期でした。僕の仕事は生産管理と日本への輸出のときの検品で、この部署に僕が配属になって2ヶ月目での中国でした。その製品に対しての知識も頭の中では理解していたものの、実際の生産ラインを中国で初めて見るような状況でした。

現地には日本語に堪能なスタッフ(中国人)がおりましたので言葉に困ることはありませんでしたが(多少僕も中国語はしゃべれます)、大量に生産しなければ間に合わないので工場は24時間フル稼働でした。

また、販売先はかなり品質に厳しいところだったので少しの不良品が出ればすぐに賠償金を求めてきました(値引きの対象になります)。もし不良品を輸出してしまうと会社に多大な損害を与えてしまいます。


良品をを納期どおりに輸出すること


言葉上は単純で簡単に言い流されるようなものですが、ハプニングがおこらない限り成功するという類の仕事ではなく、基礎となる良品生産が不十分だったのでいわゆる 見切り発車 の仕事でした。

ハプニングは日常茶飯事でした。路面が凍って商品の運搬が遅れたり、生産機器が壊れて生産が遅れたり、何よりも不良品が生産されているのではないかと心が休まるときはありませんでした。ハプニングが起こる度に日本からの連絡でぼろくそに責められ、現地での仕事は本当に生き地獄でした。
血を吐いた夜は、滞在先のホテルから
「ここから飛び降りたら楽になるだろうなぁ」とも思っていました。
でもこれが働いてお金を稼ぐこと、生きていくための試練だと言い聞かせながら何とかほぼ不良品も出さずに日本へ輸出することができました。



こんな状況で僕が中国で考えていたことは早く日本に帰って銭湯でゆっくりしたいということでした。ゆっくり湯船に浸かってサウナでテレビを見たいということ、そして連帯責任とはこれほど恐ろしいものだと心から感じていました。




僕が日本に帰ったのは、ちょうど仕事納めの前日でした。
仕事納めの日に出社すると会社の人々は僕の顔を見て
「いい顔になったな」といいました。僕はかなり痩せていました。


「いい顔になったな」といわれたことはうれしかったのですが、僕はもうこれ以上この仕事はやりたくないと感じました。やりたくないというよりもできないと感じていました。



僕はこの会社を辞めました。この仕事、この会社から逃げました。会社を辞めてしばらくして精神科にも通いました(今はすっかりよくなって通うこともなくなりました)。


おそらく世間では、この会社から逃げた僕は落伍者のレッテルを貼られていることでしょう。
世間では社会、会社、働くことに耐えてこそ社会人、人間として認められることもよくわかります。



ですが

今僕がいる場所

いろいろな経緯があって僕はカギ屋になって店をもつことができ、頻繁に銭湯にも行っています。小さな幸せです。今いる場所は悪くないです。

今いる場所を作るために人は働き、時には逃げながら生きているのではないかなぁと僕は思っています(小さな悩みはいっぱいありますが)。これは生きている限り否応無く続きますが、逆を言えば命がある限りやり直しは可能だとも言えます。



最後に

働いたら負けかなーと思っている人、 千と千尋の神隠し を見て働くことのありがたさを感じてくだされば幸いです。



今回のブログはことごとくえらそうなことを書いてしまいました。

すみません・・・
posted by ロン at 13:42| 上海 | Comment(2) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月27日

労働は 痛い もの?

もう随分昔ですが、一時期警備員をしていたことがありました。


・・・



ある現場に配置されましたが、その現場は僕の住んでいた場所からかなり離れていました。事務所からの送迎はなく家から直接現場に向かわなくてはなりませんでした。当時僕は免許も車も無く、バスもそこまでは行かなかったので自転車で現場まで行っていました。山を二つ越えてその現場に行くまでに2時間以上かかりました。ほとんど山の頂上のようなところでの真冬の夜間の交通誘導でした(片側1車線の工事、片側通行の誘導で、僕が真ん中で指示を出す役目でした)。

現場に着くころには汗でびしょびしょでしたが、着替えも持っていけるほど荷物も担げないのでそのままコートを脱いで警備に当たっていました。

その現場での3日目のことでした。

夜中の3時くらい、車はほとんど通らなくなっていました。

たまたま1台の黒塗りのいかつい車が1方から来ました。僕はその方向のもう1人の警備員に車を止めるように指示を出そうとしましたが、警備員がいませんでした。運が悪いことに反対側から別の車が突っ込んできて僕の目の前で衝突しそうになりました。

黒塗りのいかつい車から、いかついおっさんが

「わりゃぁ なにしとんじゃいっ!!」と勢いよく出てきました。

「あの、道路工事をしているんですけど」

というと

「なめとんかあっ!!」と怒鳴られながら僕はヘルメットの上からおもいくそ殴られました。

僕は「すみません すみません」と謝りながら、片一方の警備員がいなくなって止めることができなかったことをいうと

「わあったわい。車、後ろにのけたるわい」といって、車を後退させてくれました。スムーズに車が流れ、いかついおっさんも機嫌を直してくれたようで、僕の前を通り過ぎるときには

「おうっ、大変やなぁ。頑張れよ!!」と激をとばしてくれました。

大変にしたのはこのおっさんやのにと思いながらも、一件落着したことにほっとしました(いなくなっていた警備員は、寒さのためにトイレにいっていたようで、すぐに戻ってきました)。

無事にその日の仕事が終わって家に帰ろうとコートを着ようとすると、コートに霜が降っていました。本当に寒くて痛い仕事でした。


別の現場では、ユンボ(ショベルカー)から岩が降ってきて頭に直撃したこともあります。



・・・



カギ屋をしていると、ドライバーを指の根本に突き刺すぐらいで殴られることもなくそんなに肉体的に痛い仕事はありませんが、季節の変わり目や梅雨になると、心に 痛い お客様がたまにお越しになられます。

労働とは 痛い もの?
posted by ロン at 14:06| 上海 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月20日

友達の友達の友達の友達

・・・


先日、あるお客様がお越しになられました。

その方は建築関係の方で何回か僕のところにカギやその他のことで相談に来られた方でした。

僕の店は入り口の真正面に神棚を作っています。今年僕は厄年なので日本最古の厄払いの神社にいって厄払いを済ませてから神棚に厄払いの札を置いており、神棚の社の中には近くの神社の札を入れております。

その方は、僕が作った神棚を見て

「兄ちゃん、その札の包みは剥がしておくもんやで。包みをつけたままやったら神さんは力を発揮できへんで。包みは社に入れるまでのバリヤーみたいなもんや」

とおっしゃられました。

僕は、この方は日本の神道系の宗教をされているのかと思い、いろいろ神棚の奉り方をお聞きしようと思いました。

いろいろお聞きしていると、その方はある面白いことを言い始めました。

「僕の知り合いは、ある密教の大幹部やねん。今年は宗教界で歴史的なことが起こる。それは日本の密教の2つが今まで交流が無かったんやけど今年交流すんねん。これすごいことなんやで」

その方は、その大幹部の方の名刺を僕に見せてくれました。すごい肩書きでした。僕は宗教のことは詳しくないのですが、これはすごいことなんやろなぁ程度にしか思っておりませんでした。

数日経って、日本の密教の2つが歴史的な交流をするという内容のニュースを目にしました。あの方の言っていたことは本当でした。宗教界の関係者でない僕はニュースになる前にこのことを知ることができていたのでした。


・・・・




ある人から聞いたのですが、友達の友達の友達の友達をたどると、お目当ての人にたどり着くそうです。

人には人それぞれの交流があり、その人がどんな人と交流しているかは他人から見てもわかるものではありません。

どこでどういうつながりがあるかわからないのが人間社会なので、お越しになられるお客様や友達との交流を大切に、日々カギ屋として頑張る所存でございます(人を頼りにお目当ての人にたどり着けるかも知れないという邪まな考えも多少あるのが人間です)。
posted by ロン at 13:14| 上海 | Comment(2) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月06日

暇になるとろくでもないことを考えるのが人間です

サブプライムローンにけちをつけるつもりはありませんが、最近暇です。暇になるとこれからどうやって生活していこうかと悩みも多くなります。

僕が悩んでいると、いつも店にお越しになられるアジア革命戦士的つらがまえのお客様があるチラシをお持ちになられました。そのチラシは、これを買えば幸運が訪れるといった類の開運グッズでした。

その開運グッズは、宝くじや株で儲けることができるということが書いてあり、ご丁寧にも儲けた家族のマンガまで画いてありました。
普通なら、あほらしい、またこの人騙されるんかいな、イカツイ顔しとっても、よく言えば 少年のような純粋な心をお持ちだ と思うところですが、一概にそう思えないところもありました。なぜなら以前にこの方は、このチラシの会社の開運グッズを買って、ロト6を何回も当てていました(超高額ではありませんでしたが、小遣い程度の金額を何回もあてていました。実際に僕も引換票を見せてもらっていました)。

暇だということもあり、その方と僕は開運グッズで盛り上がりました。ただ今回のチラシの開運グッズはかなり的を得た金額でした。高すぎず安すぎずで、買うのを躊躇するような金額でした。




暇になるとろくでもないことを考えるのが人間です。

僕とその方は、もう2億円が当たったつもりでバラ色の人生を語り合っていました。2億円が当たったら、車を買い替えるとか、セーシェル諸島まで夕日を見に行くとか、東京まで行って有名人に会いに行こうとか、いつも行く立ち食いそば屋の天かすそばに玉子を追加するとか、回転寿司の一皿一貫のトロをたらふく食べるとか極めて俗物の塊のような会話をしていました。また、一気にお金持ちになっても人生が狂わないように頑張りましょうなどと精神面でのフォローも欠かすことなく会話はどんどんはずみました。



お互いに1週間考えて買うかどうかを決めようということで、その方はその日はお帰りになられましたが、次の日に
「もうハガキ送ってしもたわい」
と勝ち誇ったような顔をして店に入ってきました。その方も僕も口車に弱い人間でした。僕も半額出すということで共同購入するということで話はまとまりました。


・・・


あ〜あ・・やっちまった・・・


悩み事が増えてしまいました・・・。



*一縷の望みを託して今日もカギ屋として頑張ります。
でも何かいいことがあったら、ブログに書きますのでよろしく黒ハート黒ハート
posted by ロン at 13:18| 上海 霧| Comment(2) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月05日

経済2

商売をしていると、当たり前のことですが扱う商品に対しての知識がついてきます。

カギ屋の主な仕事はカギの交換や合鍵作製なので、知識が無ければその商品(主にシリンダー)を自信をもってお勧めできません。日々少しづつでもいろいろな方法で知識をつけようとします。僕が考える一番の方法は少しのクレームでも見逃さないことですが、できればそのクレームさえも無いようにベテランのカギ屋さんや問屋さんからお聞きするようにしています。ただ、カギに限らず耐久品はある程度使わないとその欠陥が判明しないので最新型のカギは値段が安くても少し期間を設けて、他のカギ屋さんからの評判を聞くことにしています。

僕がカギ屋を始めたころ、ある特定のシリンダーを扱っていたことがありました。スペックは素晴らしいことが書いておりましたが、後にリコールに似たメーカー対応になりました。そのシリンダーは勿論僕の店では扱いを中止しました。

このシリンダーは今でもカギ屋さんによっては扱っているところがあります。それをどうのこうの言うつもりはありませんが、僕はクレームが一番怖いので扱いません。特にカギは防犯や秘密を守る道具であるのでカギのクレームは極論を言えば、人の生命を脅かすことさえありえます。

このシリンダーを目の敵にするつもりはありませんが、僕としてはまだこのシリンダーを扱うカギ屋があるということが不思議です。どうしてそこまでして扱うのかを少し僕なりに考えてみました。これは大げさな言い方をすると経済、雇用の問題に関わっていると僕は思います。


・・・


僕はカギ屋になる前に数年間某大手通販会社に商材の卸をしていたことがあります。担当は家庭用品でした。

先日のことでした。僕は出張で車に乗って目的地まで行こうとしていたときでした。ラジオで通販を放送していました。

紹介されていた商品は、ずっと以前から通販商材として販売されているある家庭用品でした。

この商品は、通販の家庭用品では、放送すれば爆発的に売れる商材でしたが、僕が担当していた通販会社の家庭用品のバイヤーは絶対に販売をしませんでした。なぜなら、この商品はかなりの確率でクレームがくる商品だったからです。家庭用品の間では有名なブラックリスト商品でした。

僕がここで書きたいのは、会社は商行為としてクレームの多い商品でも売り上げのためには売ってしまうということではありません。おそらく各会社の人材の流動化が激しいのではないかということです。

クレームの多い商品を売ることは、その会社の信用を落としてしまいます。好き好んでそのようなことを会社がするとは思えません。これはバイヤーならバイヤーの人材の流動化が激しすぎて後任の人材への引継ぎがうまくいっていないのではないかと思っています。つまり、経験豊富な プロ を何らかの理由で異動(解雇も含みます)をさせ、後任の新人への引継ぎが疎かになって、会社が目先の利益を追求しているのではないかと思います(この商品に関しては、おそらく販売実績がかなり多いと推測されます)。ある意味では 安かろう悪かろう よりもタチが悪く根深い問題だと思います。

不景気になって、より安い人件費のために積み重ねてきたもの、経験による知識や技術が失われていっているのではないかと思っています。これは通販会社だけに限らず、いろいろな業界でもいえるのではないかというのは言いすぎでしょうか?


この商品の放送は、約8年前に1回、3年前に1回、そして今回聞きました。スペックはほとんど変わっていませんでした。はじめは
「まだこんな商品売ってるんかいな!」と笑っていましたが、今回の放送を聞いて、笑えなくなってしまいました。

posted by ロン at 13:25| 上海 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月27日

ネーミング

リーマンブラザーズにイチャモンをつけるつもりはありませんが、最近暇です。僕の店の場合は努力不足が大きな原因だと思うのですが、ほかのカギ屋さんでも景気のいい話はあまり聞きません。

暇なせいか、運動不足で最近太って少し土偶腹になってきましたので運動をしなくてはいけないと思い、自転車通勤をしようと思っています。

そこで、自転車を買おうと思いいろいろな人たちに相談しました。

できれば折りたたみで車に積むことができるもの、僕の家から店までは山あり谷ありなので車輪の大きくて変速機付きがよいので、26インチの折りたたみ自転車にしようと思っています。できるなら大事に乗って長持ちさせよう、愛情を込めてその自転車にネーミングまでしようと思っています。



ある日、僕の知り合いが店に来てくれたときに自転車の話をしました。

「26インチのMTBタイプで、折りたたみがいいと思うんだけど」

と僕が言うと

「それでええんちゃう?でもどうせやったら イタチャリ にしたらええやん!」

と言いました。僕もそれには結構乗り気でした。

ここでいう イタチャリ とはイタリアの自転車ではなく、イタ車 と同系列の、アニメの萌えキャラを描いているチャリンコのことで 痛チャリ と書きます。

僕は、自分の買おうとする自転車にどんなアニメキャラを描こうかと考えました。
少し考えて僕は、角の生えた女の子のキャラにしたいと知り合いに言うと、今まで乗り気だった知り合いは

(お前、どこで人生踏み外したん?)というような目で僕を見ました。いいだしっぺの彼がいきなり哀れみの目で僕を見つめたので、僕は哀しくなりました。

もし、その自転車にネーミングするとしたら

妖精の歌7号

にしようとまで考えていたのにひどい仕打ちでした。
(妖精の歌7号をわかってくださる方、いらっしゃれば嬉しいです)





彼が店を出てから、少し考えました。
考えてみれば 痛チャリ は本当に 痛い のでやめることにして僕は自分が買う自転車にどんなネーミングをするか考えました。できれば夢のあるかっこいい名前にしようと思いました。


僕が小さいころ、足の長いかっこいい外人さんが自転車に乗ってさっそうと走っていたことを思い出しました。またどうせなら、ヒーローの鉄人の名前も使ってやろうと思いました。


しばらく考えて、すばらしいネーミングを思いつきました。


まだ見ぬ僕の自転車の名前は

モルモン28号

にしようと思っています。
(僕は無宗教です)

posted by ロン at 20:34| 上海 | Comment(0) | TrackBack(1) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月24日

予想外の出来事は1日に2度訪れる

つい先日のことでした。

解錠の仕事がありました。

扉にはU9のシリンダーがついていました。

U9のシリンダーというのはロータリーディスクシリンダーのリバーシブルではないシリンダーでピッキングでの解錠は極めて困難なカギです。僕はいつもU9の解錠をする場合は、ホールソーで破錠します。
(カギ屋様がこのブログを見てくださっていたら幸いです。僕は解錠に関してはシリンダーからあけたいというつまらないこだわりを持っています。笑ってください)。

いつものようにホールソーに先端冶具をつけドリルドライバーをまわしました。
いつもとは違った感覚でした。ぶれて上手く回りませんでした。

しばらくまわしていると突然ホールソーが軌道を外れました。よく見てみると先端冶具が折れて、鍵穴につまってしまいました。

予想外の出来事でした。

先端冶具なしで破錠を試みましたが、ぶれて上手くまわりませんでした。

結局僕は、そのお宅のはきだし窓のクレセントを解錠して事なきを得ました。ホールソーがかなり磨耗していたのを僕が放っておいたのが悪かったようでした。


その日に、もう一件解錠の依頼がありました。

U9の先端冶具が折れて使い物にならなくなっていたので、U9で無いことを神様に祈りながらそのお宅へ向かいました。

鍵穴を見て僕は神様を恨みました。U9ではありませんでしたが旧型URでした。URというのはU9と同じロータリーディスクシリンダーでピッキングが極めて困難なシリンダーでした(U9と違うところはURはリバーシブルということでシリンダーの構造は一緒です)。

前のお宅のようにはきだし窓からの解錠をしようと思いましたが、はきだし窓の前には思いくそ荷物があり、それをかき分けることはできませんでした。また、シリンダーを通さずに扉の構造上の欠点をついての解錠も試みようとしましたが、ほぼ完璧な扉だったのでそれも諦めました。

万が一の可能性を信じて、僕はURをピッキングしました。
もしこれで解錠ができたら、さっきの神様への恨みを帳消しにしてやろうなどと神をも恐れぬ気持ちでひたすらピッキングしました。

予想外の信じられないことがおこりました。なんとピッキングでURが解錠できました。しかもものすごく早くできました。3分かかりませんでした。

ロータリーディスクシリンダーが解錠できるというのは、偶然でしかありません。僕はこの偶然に感謝、ピックに感謝、そして神様を上から目線で見ていた僕自身を恥じました。
僕がカギ屋をはじめてこれが一番うれしい予想外の出来事でした。



予想外のことが1日に2度訪れることは、仕事上でも普通の日常生活でもおこります。以前にあった忘れられない出来事を書かせていただきます。


・・・


数年前の年末に友達のT君から電話がありました。

「ロン、クリスマスに一緒に飯食いにいかへん?俺彼女もおらへんし、ロンかっておらへんやろ。寂しいもんどうしでどう?」

いきなり核心を突いてくるT君からの電話に僕は二つ返事でOKしました。

クリスマス当日、二人で焼肉屋に行きました。

いろいろ頼んでわいわいがやがやと日ごろの話をしながら楽しい時間を過ごしていました。二人ともここぞとばかりにおもいくそ飲んで食って栄養を蓄えました。

お勘定のときに一発目の予想外の言葉をいいました。

「ロン、俺、往復の電車代しか持ってきてへんねん。なんとかならんかなぁ」


こいつ、最初から僕に金を出してもらうつもりでここに来たようでした。
そういえば、ビールをお代わりするときに
「もう一杯いい?」と僕にことわりの言葉をいれてきた理由がわかったような気がしました。彼は六杯ほどがぶがぶと飲んでいました。

僕の財布は帰りの電車賃を残すくらいに痩せました。

店を出るときに、T君は店の中を少し見回して、二発目の予想外の言葉をいいました。

「ロン、家族にお土産買って帰りたいんやけど。なんとかならんかなぁ」

・・・こいつ心臓に毛が生えとんちゃうか・・・

タイミングよく、その焼肉屋のオーナーらしい人がでてきて
「これお土産にどうぞ」といって、その店で売っている珍しい外国の塩の袋を1つくれました。ナイスなタイミングでした。

彼にその塩を渡し、一件落着でした。


・・・




僕はあきれながらも彼のその豪快さを見習おうと思いました。

posted by ロン at 15:53| 上海 | Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月22日

犬と少年2

市民参加の裁判員制度がはじまりました。

カギ屋の僕でも、これは人間社会の決め事の中でもかなり重要な事柄であることと思っておりますのでできれば参加したいと思っております。


この制度に反対する人はいらっしゃると思いますが、聞いているとつまらない理由ばかりです。

人が人を裁けるのか
自分の判断が犯人の命を奪ってしまうかも知れない
死刑へのハードルが低くなる
冤罪だったらどうするのか


少し反論をさせていただきます。


<人が人を裁けるのか>

人が人を裁くことを僕も完全には肯定するつもりはありません。なぜなら人間という生き物、人間社会は永遠に完全にはならないと思うからです。しかしだからと言って何もしないことのほうがより不完全だと思います。


<自分の判断が犯人の命を奪ってしまうかも知れない>

罪を犯した者、人の命を奪った者に対して、自分は関係ないので判断するのに自信が無い、おしつけだから嫌だ、で通るのでしょうか?
にんじんは嫌いだから食べないという理屈と変わりません(僕はレバーが嫌いです)。


<死刑へのハードルが低くなる>

確かに凶悪犯に対しての判断などは、感情で言えば死刑のハードルが低くなるかもしれませんが、人の命を判断するときに感情で流されるだろうという前提での反対は、人間そのものを馬鹿にしていると思います。それほど人間というものは思慮のない生き物でしょうか?


<冤罪だったらどうするのか>

冤罪に関しては僕も危惧するところです。命を預かる判断なのでこれに関しては僕も何もいえませんが、だからと言って裁判員制度を全て否定することは少し筋が違うと思います。冤罪を出さないように司法や社会が成熟するように国民全体で考えていくことが先決です。1つの悪いところをみて全てが悪いという理論を通していくと、人間の社会は営むことさえできないような気がします。


そもそも誰しも安易に喜んで人の命を奪うための判断をしようとは思っていません。死刑などは究極の罰なのでそう簡単に出せるものではありません。

上記の反対意見をいう人に共通して言えることは 責任逃れ ということです。いくつもの理由をもっともらしくいって結局は 責任をとりたくない もっと低い次元では いやっ と言っているだけなのです。


これに 死刑制度反対 という方々には、責任逃れのほかに 売名行為 が加わると思います。殺したものと殺されたものの命を同等に考えることは言葉上では平等ではありますが、公平ではありません。この人たちは、どんな凶悪犯人にも平等に生きる権利がある という 美しい大義名分 のもとに 凶悪犯人でさえ擁護している自分の心は綺麗である ということを声高らかに主張することが著しく公平に反し、差別を助長していることに気がついていないのでしょう。


いつも思うのですが、反対する人たちは自分の親、子、親族、愛する人などが殺されても犯人に対して 知らんぷり 美しい大義名分 を貫くほど広い心を持っているのでしょうか?たくさんの反対理由を並べて命の価値の判断を他人任せにして本当に良いのでしょうか?
僕なら素直に厳罰を下します。

(広い心を持っていると自負していらっしゃる方は、その自負を自分の心の中だけで留めて人に押し付けないでください。そして自分の大切な人が殺されたときにその 美しい心 広い心 を十分にアピールしてください)

抽象的ではありますが、この裁判員制度こそ他人の心の痛みを共感することができる究極の機会だと思います。


・・・


私事で恐縮ですが少し恐ろしい話をかきます。

僕は、厳罰を下したい人がいます。僕とは直接の面識はありませんが僕と同年代の人なら知っている人も多いと思います。昔はテレビにガンガン出ていました。

そいつは、犬と少年をいじめ続けて死に追いやりました。


そいつの名前は 

ハンス 

といいます。


・・・


・・・すみません・・・
posted by ロン at 18:14| 上海 | Comment(2) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする