2008年04月29日

過去の記事(僕が泣いて怒ったお客様)

光市母子殺人事件について、ある大学の准教授が被害者を中傷する記事をブログに書いていて早速この方のブログを拝見しました。


光市母子殺人事件についてだけではなく、その他のいろいろな方々に対しての非人間的な発言、はたまた、近所の小学校のことまで低レベルの悪口を書いていらっしゃいまして、大きな怒りを通り越して どうなったらこんな人間が出来上がるのか不思議でたまりません。


今、この准教授のことについていろいろ考え中でございます。


いずれ、この准教授について書こうと思っておりますので(この方の言う 表現の自由 を使います。とんでもない表現をするかもしれせん)、しばし過去の記事をお楽しみくださいませ。

これは、僕が今までで1番考えさせられた出来事、出会いでした。


・・・・・・



カギ屋という仕事は、ただ単に「モノ」を売るだけではなく、「技術」と「安心」を提供するため、他の販売、サービス業より繊細な接客技術を必要とします。お客様とのコミュニケーションの中でお客様の本心を見抜き、要望にできるだけ沿うものを提案します(カギ屋のみが、特別な接客技術が必要だといえば、他の販売、サービス業に対して失礼かも知れませんが、特に「セキュリティ」を扱うという面で、僕は異なると思っています)。

もうずいぶん前のことですが、夏前の日曜日だったと思います。

老夫婦でした。旦那様がカギについていろいろ聞いてこられました。ご要望は防犯性の高いカギを御自分で取り付けられたいということでした。

まず錠前の種類を確認し、それに適合する防犯性の高いカギを何種類か提案いたしました。その当時、僕の店では6種類のカギ(防犯性の高いシリンダー)を扱っておりました。

一つ一つの説明がおわり、ある外国製のシリンダーを買いたいということになりました。そのカギはオーナー登録制になっており、お名前、住所などを記入してそのメーカーに登録するというものでした(通常の防犯性<耐ピッキング、耐破錠>に加えて、オーナーでなければスペアキーを作ることができないというセキュリティを備えたものでした)。

僕は、「こちらにご記入ください。取り付けをされるご住所とお名前などです。お手数ですが。販売店として当店でも1枚お預かりいたします」と申し上げましたら、今まで何も発言されなかった御婦人が突然
「あなたに、住所を教えなくちゃいけないの?」と明らかに嫌悪感を抱いた表情で僕に言ってきました。

もし、僕以外のカギ屋なら、もう一回丁寧に御説明するか、お断りするかで済んだと思いますが、僕はちがいました。

「お客様、確かに今日始めてお会いしましたので、信用も何もないと思いますが、こちらが住所をお聞きすることさえできないほど信用されないのでしたら、僕の店で買わないで下さい。僕を始めから疑っているのなら、もう二度と来ないで下さい。どんな御事情があるか存じませんが、人間としての最低限のマナーを守れない方にはこちらで買っていただかなくても結構です。何よりも、あまりにも僕に対して失礼です。僕に対して謝ってください。」といってしまいました(実際には、こんなきれいな言葉ではありませんでした。涙も流れていました)。

このことについては僕がおかしいのでしょうか?人格を否定されたと思うことは、僕の被害妄想でしょうか?僕の我慢が足りなかったのでしょうか?それとも怒るような事ではないのでしょうか?

確かに僕も言いおわった後でかなり後悔しましたが、僕にも感情があります。あまりにもむき出しにしてしまったので、横で全てを見ていたスタッフもかなり怯えていました。

しばらく沈黙が続いた後、旦那様が
「申し訳ございませんでした」
と深々と頭を下げられました。予想外でした(この接客で消費者センターに相談されるかと思ったぐらいでしたから)。

後出しかも知れませんが、こんな若輩者の言葉で、長い人生を重ねてこられた方に頭を下げさせてしまったことが、僕はものすごくつらかったです。この方にもプライドもあるだろうにと思いながら、自分の吐いた言葉が毒のようにしばらく僕を悩ませ続けました。

この話の結末は、少し意外でした。

結局、老夫婦はその当日に一つその外国製のカギを買って行かれ、後日(1ヶ月後くらいだったと思います)にも、もう一つ同種のカギを買っていかれました(もちろん登録書に御記入されました)。

感情をむき出しにした僕の言葉を、わずか1%ほどの僕の正義を、この老夫婦は広い懐で包んでくださったと思っています。

コミュニケーションの難しさと、コミュニケーションの多彩さを考えさせられた出来事でした。
posted by ロン at 14:38| 瀋陽 | Comment(2) | TrackBack(0) | 珍客日記

2008年04月28日

過去の記事(地獄の20分)

いつも、この拙いブログに訪問いただきまして本当にありがとうございます。このブログを始めてからほぼ2年が経ち、数多くの方が訪問して下さるようになりました。改めて御礼申し上げます。


誠にありがとうございます。


今までに一番怖かった仕事についての記事を再アップします。もしよろしければお読みください(新しいネタを今まとめ中です。時間稼ぎで申し訳ありません)。


・・・・・



僕がまだカギ屋になりたての頃でした。親戚が「カギが無いので作ってあげてほしい。御近所さんだけど困っている人がいるから」というので、その親戚の家まで行きました。困っている人とは、親戚と同じメゾネットに住む3軒隣の女性の方でした。

その方(Hさんとします)は、なぜかご自分の家ではなく、親戚の家の前で待っておられました。カギをなくされたんだから、不安で親戚と話していたのかなと、その時は思いました。でも、Hさんの家の電気は一切ついてなく、真っ暗でした。

「とにかく早くカギを作って下さい。遅かったら何もかも台無しになります」とHさんはおっしゃられました。「カギは閉まったままです。どのくらいでカギを作ることができますか?」とかなり切羽詰った声で聞いてきたので、「解錠とカギ作りで30分足らずでできます」と答えますと、「大丈夫かなぁ?」と意味深な言葉をはかれました。とにかく大急ぎでカギをあけ、シリンダーを取り出し、カギ作りを始めました。

親戚の家でカギ作りをしていると、「実は・・」と親戚が話を始めました。

「Hさんは、旦那さんと別れたいみたいなんだけれど、旦那さんは別れたくないみたいで、話がこじれてるの。旦那さんはすごく暴力を振るう人みたいなの。Hさんは自分の荷物と子供を引き取って実家に帰りたいみたいなんだけど、旦那がそれを許さないようで、カギを取り上げて、カギを閉めたままにしているの」ということでした。

(冗談じゃない!それだったら、もし旦那さんがこの途中に帰ってきたら、僕も暴力を振るわれるかもしれないじゃないか!)

追い討ちをかけるように親戚は「Hさんの旦那さんは、刺青の入っている人なの」と淡々とおぬかしになりました。

カギ作りを終了し、シリンダーをもとの扉に取り付けて、Hさんにカギを渡し、カギが回るかの確認をしました。本当に生きた心地がしませんでした。

地獄の20分でした。

僕は「とにかく、今日はここから早く離れましょう。だんなさんが帰ってくる前に。お代金は明日とりに伺います」といって、僕も帰りました。

次の日、前の日と同じ時間くらいにHさんの家に伺うと、真っ暗でした。親戚の家に行って、Hさんのことを聞くと「今日、早速引越しをしたみたい。迷惑をかけるといけないので、行き先を告げずに行かれた。あんたにありがとうといっていたよ」というのです。

結局、お代金はもらえず、Hさんはどこに行ったのかもわかりません。

とり損ねた代金は勉強代だと思いながらも、帰路の車の中で減っていくガソリンメーターを見ながらますます惨めな気持ちになって行きました。
posted by ロン at 12:45| 瀋陽 | Comment(2) | TrackBack(0) | こんな仕事をしました

2008年04月26日

過去の記事(金庫の中身)

これは、2年ほど前に1度アップさせていただいた記事です。

もしよろしければ、ご覧ください。僕が今までカギ屋として爆笑した出来事でした。


・・・・・・



それは、腰が直角くらいに曲がったおばあちゃんでした。年は90歳前後でした。

「あのー、金庫を開けて欲しいんやけど、開けれまっか?」

理由をお聞きすると、中に大事なものが入っているが番号をあわせても開かない、キーはあるが、とのこと。おばあちゃんは、車の運転ができないので、僕の店にはわざわざタクシーでお越しになられたとの事でした。

僕は、僕の車に乗せておばあちゃんの家まで向かいました。

おばあちゃんは
「息子の嫁の意地が悪くて、悪戯ばかりして私を困らせんねん。この金庫もダイヤルを嫁が変えたんじゃ」と、息子さんの奥さんの悪口をずっと言っておりました。あまり深入りすると僕の頭が混乱すると思ったので、上の空で聞いておりました。言うまでもありませんが、ダイヤルを変えるなどということはほとんどできません。

何故か、お年を召された女性は息子の嫁の悪口を言うものです。このおばあちゃん以外にも、そのように悪口を言う女性には、僕は何人か遭遇しております。

おばあちゃんの悪口が最高潮に達した時に、おばあちゃんの家に到着いたしました。おばあちゃんの家の扉には、防犯性の高いスイス製のシリンダーがついておりました。おそらく頻繁にカギ屋さんにお世話になっていたと思われます。

僕は、息子の嫁がダイヤルを変えたという金庫を見ました。

テンキー式の金庫でした。

「大事なものが入ってるねん。開けること出来まっか?ほんまにあの嫁は意地が悪いねん、なんであんなに意地が悪いんやろ?」と、金庫を前にしても悪口を言っておりました。

僕は、この手の金庫の解錠はしたことがありませんでした。幸いにも僕の知り合いのカギ屋さんが、以前にこの金庫を解錠した事をおばあちゃんが言っていたので、そのカギ屋さんから番号を聞くことができました。本当に幸いでした(今考えてみると、おばあちゃんは金庫開けを、少なくとも僕以外にも依頼していたのですね)。

金庫の中に入っているものは、お客様のものですので、カギ屋の仕事は扉を開けるまでです。もちろんカギ屋は依頼人立会いの下で解錠をします。

キーを挿して、番号を押しました。

「ピー」と言う音がして、キーが軽く回りました。

金庫の扉が開きました。

本来なら僕の仕事はここまでですが、
「中のもん、とってくれまへんか?」との事なので、おばあちゃん立会いの下に、金庫の中に手を伸ばし、中のものを取り出しました。

中に入っていたものは・・

・・饅頭でした。

僕が今までにした仕事で、最高のギャグでした。

僕は、二度と金庫の解錠では僕を呼ばないということを条件に、お金はいただかずに店に戻りました。釘を刺しておかないと、何度も呼ばれると思いました。


おばあちゃんの「快進撃」は、これだけにとどまりませんでした。

数週間が経ったある日、見覚えのある腰が直角くらいに曲がったおばあちゃんが僕の視界に入りました。おばあちゃんは僕の希望に反してどんどん近づいてきました。逃げ道のない僕は、睨まれて怯える猫になっていました。

おばあちゃんは、僕の顔をじっとみて

「あのー、神様の言葉がわかる人知りまへんか?何であんなに嫁は意地が悪いか神様に聞きたいねん」

・・僕はカギ屋です。
posted by ロン at 16:24| 瀋陽 | Comment(4) | TrackBack(0) | 珍客日記

2008年04月22日

船頭多くして船山に登る

カギ屋と関係ない話です。

本日、光市母子殺人事件の判決が出ました。結果についてはいろいろな事が言われておりますが、僕の個人的な感想を書かせていただきます。


僕は、この判決を妥当な判決だと思っています。被害者遺族の本当に素晴らしい毅然とした態度、考え方、それらをすべて含むその 人格 に対して心から敬意を表します。


今回の判決に対して、おそらく大多数の方が支持していることと思います。僕も支持します。もちろんマスコミに取り上げられて、全国的に取り上げられ、多くの人がひどい事件だったと思い、今の司法制度に疑問を持たれた事と思います。


この事件について深く勉強したわけではありませんが、この事件に関して、憎しみ、感情の矛先の対象が変わってきたような気がします。もちろん、憎しみ、怒りが加害者に向けられているのは当然のことですが、この裁判に、加害者側の弁護士が加害者とマスコミを利用して 何が何でも死刑廃止 という 大義名分 主義主張(イデオロギー) を大々的にのたまわっているその姿勢に対しての怒りの感情が加害者に対しての怒りを超えたのではないでしょうか。

少なくとも僕は、加害者本人よりも、己のイデオロギーのために何が何でも死刑を廃止しようという弁護士に対して、嫌悪を覚えました。これらの弁護士を許したくない という感情から、加害者の死刑判決を望んだのは僕だけでしょうか?


船頭多くして船山に登る


ある意味では、この加害少年は、これらの 何が何でも死刑廃止 という 大義名分 主義主張(イデオロギー) を大々的にのたまう 人権派弁護士 と言われる方々の誤った指示の元に、到着地を誤った(犠牲になった)と思います。

利用された加害者に ほんの少しだけ 同情 させていただきます。
posted by ロン at 22:11| 上海 ??| Comment(2) | TrackBack(0) | カギ屋と関係ない話

2008年04月21日

シーザー

・・・・・

・・カギ屋の仕事 と言うより、僕の仕事で多いのは 合鍵作製とシリンダー交換、そして解錠です。

これらの仕事は物理的に結果がすぐに出る仕事です。

合鍵は、鍵穴に挿して回ればOK、シリンダー交換は、交換して鍵の機能が変わらなければOK、解錠は、鍵が開けばOKです。0か100の仕事です(物理的な仕事の結果を述べておりますので、接客、応対などのサービス面、店の清潔さなどはここでは割愛いたします)。

このような仕事に携わっているからでしょうか、僕は結果が 0か100では表せない仕事をされている方を、すごいなあと思っています。

結果が0か100で表せない事は、いろいろありますが、かいつまんで言うと 個人の感性に委ねられる仕事です。そういう仕事の代表は 味覚 を司る 料理人です。

料理人は、己の味覚と技術で、旨い料理を作るため、日夜努力をしています。料理人は、100以上の感動を、お客様に味わっていただくために命を懸けているのでしょう。僕は料理人のような生き方ができればいいなあとも思っています。

僕は 料理人 がすきなので、どうしてもここで言っておきたいことがあります。食べ物について旨いだの不味いだのいう人たちのことです。いわゆる グルメ セレブなどの言葉で表現されて喜んでいる人たちです。僕が大嫌いな人たちです(同じブログを書いている方を敵にまわすつもりはありませんが、ブログ上で飲食店に対して旨い不味いの評価を発表している方たちもその範疇です)。

まずはじめに、旨い 不味いは、個人の感性によるものです。旨い 不味いといえるほど、この方たちは味覚、感性が優れているのでしょうか?料理人が一生懸命つくった料理を、いとも簡単に旨い 不味いなどと言うほど偉いのでしょうか?

ただ、料理人 が作った料理を食べて、旨い不味いという人は、料理に対して知識などなく、味覚や感性に対してかえって劣等感を持っているのではないでしょうか?料理の味の表現によって、自分の語彙の多さ、感性の鋭さなどを他人に判ってもらおうとしているのではないでしょうか?しかし、もともと語彙や感性がない人たちが、命をかけて料理を作っている料理人の料理に対して旨い不味いというのは、本当に失礼だと思うのです。

大体「味に深みがある」や「素材の旨みが充分でている」などと、誰でも言うことができる抽象的な言葉で料理の味を表現していて、何が感性でしょう?わかりやすく表現ができないから、薄っぺらい抽象的な表現を使っているのです。

もっというと、自分の感性、味覚だけで旨い不味いを堂々と発表する、その勇気、というより あつかましさ に感動すら覚えます。

語彙や感性、そして理性や羞恥心がある人たちは決して他人の命を懸けてする仕事に対して、評価などしないと思うのは僕だけでしょうか?

要するに、頼んでもいないのに感性にうったえるものに対してあれこれ偉そうに上からの視線で見るなといいたいのです・・・


・・・・・


・・つまらないことで、なにを興奮していたのか・・ようやく我に戻った時でした。芸能界大好きのA君が僕の店に来ました。

いろいろ話をした後に、
「最近、本仮屋ユイカ あんまりテレビにでてへんなぁ。俺 好きやのに」
(僕の本仮屋ユイカ好きはA君もよく知っています。過去のブログ 十人十色 に僕が彼女のファンであることも書いております)というと

A君は

「もう あの娘 伸びようがないですよー」



Aっ!!おまえもかぁっ!!!
posted by ロン at 16:52| 上海 ?J| Comment(2) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記

2008年04月07日

恐怖

僕がこの地に店を構えて2ヶ月が経ったときのことでした。

お年を召された男性の方でした。僕の顔を見るなり微笑んで、僕の方にうれしそうに笑いながら近寄って来ました。

その方は、僕がこの地に移ってからのお客様ではありませんでした。かといって、前の店でのお客様でもありませんでした(前の店では今とは違ってかなりたくさんのお客様が来られておりました。そのため、僕は覚えていないのですが、お客様の方から、ありがたくも声をかけてくださることが多々ありました。本当に嬉しい事です)。

僕は覚えていないけど、この方は以前に僕の店をご利用された方かなと思い、僕は深く頭を下げました。

僕は頭を上げ、その方を迎えようとしたときでした。

その方は言葉にならない声を発しながら、僕の顔に手を伸ばし、僕の顔を両手で撫ではじめました。

僕は、恐怖におののきました。男に顔を撫でられるのは、生きてきてはじめてでした。ひょっとして、この方は ホモ ではないか?この方から見れば僕は ピチピチ のナイスバディなのか?ホモの基準に僕はひょっとして適ってしまっているのか?お年を召されても、人間の業とは深いものだななどと、いろいろ頭の中でめぐりました。

観念しかけたときでした。

「この人、いつもこうなんですよ。気にしないでください」と、その方の奥さんと思われる方が、笑いながら近づいて来ました。そしてその方と僕を引き離して、何もなかったように堂々と去っていかれました。


「この人、いつもこうなんですよ・・」


フレンドリーでアバンギャルドなご夫婦に、ナウくてヤングのロンは完全に打ちのめされました。
posted by ロン at 20:42| 上海 ??| Comment(2) | TrackBack(0) | 珍客日記

2008年03月27日

その男

決して自分を謙虚に見せるためではありませんが、僕はお客様に対して強引なセールスは一切しません。カギや表札、印鑑など一通りお客様に説明して、お客様に納得していただいて、お買い上げいただいたり、取り付けに行きます。

商売人として押しが足りないかもしてませんが、これには2つの理由があります。

1つ目の理由は、表札や印鑑などのオーダー品が多いこと、カギ交換などセキュリティを扱うのでクレームが出た場合、その対処が大変だからです。お客様に完全に納得していただくように説明をさせていただいて、少しでもお客様が不信をもたれると、それ以上は余程の自信がない限りしがみつきません。

2つ目の理由は、僕の ある体験 から来ています。


15年ほど前のこと日曜日のことでした。

僕はその当時サラリーマンをしており、休日は市街地に出てぶらぶらするのが趣味でした。

夕方より少し早い時間でした。僕はその付近では有名なラーメン屋に入りました。時間が時間でしたのでかなり空いていました。

僕は贅沢にも、4人掛けのテーブルを1人で占領しました。頼んだのはラーメンの単品でした。

注文してしばらくしたときでした。1人のオタク風の男性が入ってきました。店内に入ってきょろきょろしていました。
その人は、1人なのにカウンターに座らず、僕のテーブルを目指して一直線でした。そして僕の目の前に座りました。そして僕と同じラーメンを注文しました。

確かにラーメン屋の席をどこにするかは、その男の自由ですし僕がこの人の席を決める権利はないので何も言えませんでした。

無言のまま、時間が過ぎました。なぜか心拍数が上がっていました。

しばらくして同時にラーメンが来ました。

その男は、ラーメンに箸をつける前に勢いよくコショーをふりかけていました。

僕は、ラーメンにコショーをかけません。もしかけるとしても、一口ラーメンを味わってからかけるかどうかを決めます。

僕は内心
(この男、ラーメンの味を確認することもなくいきなりコショーをかけるとは、味の分からぬ未熟者だな)と、少々優越感を味わっておりました。

僕が箸をわって、ラーメンにつけるときでした。信じられないことがおこりました。

その男はいきなり無言のまま、なんと恐れ多くも僕のラーメンにコショーをふりかけてきました。頼んでもしないのに、です。

その男が僕のラーメンにコショーをふりかけた後、コショーの容器をテーブルに置き、

「美味しいですよ」と言ってきました。

美味しいかどうかは僕が決めることです。

僕が、あっけにとられていると、今度はその男、ラー油の容器をつかんで、僕のラーメンを見ていました。明らかに僕のラーメンを標的にしていました。

気の小さな僕は最大限の勇気をふりしぼって

「それ(ラー油)は結構です」と小さな声でいいました。

その男は何もなかったように美味しそうにラーメンをすすってました。僕はものすごい恐怖とストレスを感じながら、その男と目を合わさないようにラーメンをすすりました。なぜ僕がこんな目にあわなくてはならないのでしょう・・・。

・・というわけで、僕は他人が望まないことを強引にはいたしません。
posted by ロン at 21:32| 上海 | Comment(4) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記

2008年03月19日

矛盾2

ある日の午前中のことでした

「鍵の交換お願いできますか?」

管理会社の方でした。

「もちろん行かせていただきます。今からでも結構ですよ」というと、

「よろしくお願いします」とのことで、早速行かせていただきました。

「もし用意できるんやったら、マスクしとったほうがええで」との忠告がありました。

ひょっとして、アスベストか何かのことかなと思いましたが、マスクなどは常時用意しておりませんので、そのまま依頼者と一緒に現地へ向かいました。

目と鼻の先の集合住宅でした。その部屋は施錠されていませんでした。

依頼人は勢いよく扉を開けました。

扉を開けてから数秒後、依頼人は僕の顔をみて、ニコッと笑いました。僕もひきつった笑いをしました。想像を絶する臭いでした。

「じゃあ、鍵の取替えしてくれるか?」

できるだけ部屋の中を見ないようにしておりましたが、どうしても横目に入ってしまいました。

この部屋は、いわゆる ゴミ屋敷 でした。

ワイドショーでは頻繁に見るのですが、僕は実際に ゴミ屋敷 を見るのは初めてでした。例えていうなら5分くらい廻した洗濯機の中のようでした。


あまり詳しいことは書けませんが、この部屋の住人は夜逃げをしておりました。部屋をそのままにして、何ヶ月も帰っていないとのことでした。

僕は、強烈な刺激臭に打ち克って鍵の取替えを終えて、店に帰りました。しばらく気分が悪かったのを、何とかして紛らわそうとしていました。


その日の午後のことでした。

「今日、鍵の取替えをしたところ、もう一度鍵をもとに戻してくれへんか?」と、管理会社から電話がありました。かなりあせっているようでした。

訳をお聞きすると、その部屋の 使用停止命令 は出ているのですが、立ち退き命令 が出ていないので、勝手に鍵を替えると法的に都合が悪いとのことでした。

僕はもう一度、あの 悪臭 と対決することになりました。「負けるもんか」と自分に言い聞かせて、取り組みました。無事に終わりました。

「これから、わしらがこの部屋を片付けんとあかんねん」と管理会社の方が言いました。


ゴミ屋敷の住人は、それなりの理由があって夜逃げをしたのだと思いますが、あとの処理のことでどれだけ他人に迷惑をかけているかを考えたことがあるのでしょうか?逃げるが勝ちと思っているのでしょうか?それともすべてを失った弱者として、他人に迷惑をかけることへの 免罪符 を手に入れたとでも思っているのでしょうか?


最近思うのですが、弱者を装って他人の同情を引く風潮がはびこっているように思います。社会的弱者を装って自己の利益のためだけの権利を主張している傾向があるように思います。そのひとつに、重大事件を起こした加害者に対する過度の擁護があります。

ゴミ屋敷の住人 にも、それなりの権利はあるでしょう。ですが、それと同時に、ゴミ屋敷の住人以外の人間にも、ゴミ屋敷の住人を嫌う権利があります。ゴミ屋敷の住人が、ゴミ屋敷の住人以外の人間を嫌う権利があるのと同じように。どちらかが一方的に、他の権利を認めないのなら、それこそ人権侵害であり、差別であると思います。

ゴミ屋敷の住人のように、大きな声を出す人間、恥知らずな人間の主張が、往々にして通ってしまうことのない社会が到来しますように・・・


・・・悪臭を嗅いでしまったその怒りを、こんなところにぶつけてしまいました。
posted by ロン at 22:41| 上海 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | こんな仕事をしました

2008年01月31日

中国

僕は、大学を卒業した後、某商社に就職しました。大学での専攻が中国語でしたので中国とのビジネスを希望しての就職でした。

2年ほど国内営業をしてから、中国との取引をする部署への配属になりました。僕が配属された部署は、アパレルの部署でした。

配属されてから2ヶ月経たないうちに、中国への出張がありました。いきなりですが数ヶ月の長期出張でした。

中国で生産された生地(布地)に、日本から副資材(ファスナー、ボタンなど)を輸出し、中国で服(紳士服、スーツ、セーター等)に加工して日本に輸入するという仕事でした。


日本の会社に限らず、中国の会社(中国では公司といいます)でも、商品の売り込みをするときは、自社の製品がいかに良い出来であるかをアピールをします。まずはじめに自社商品のサンプルを作ります。その商品の出来不出来で、注文が取れるかどうか決まるのです。

僕の管理していた工場でサンプル品が出来上がったということなので、早速見に行きました。良い出来でした。でもこれは、実際の工場のラインで作られたものではありませんでした。サンプル作製の特別な部屋があり、そこで作られたものでした・・



今回、中国産の冷凍食品に毒物が混じっていて、被害者が多数出ると言う悲しい事故がおこりました。


被害者の方には、誠に失礼かも知れませんが、僕にとっては今回のような事故が今まで起こらなかったことが不思議だと感じています(中国を含む海外でのものの生産に関わった方ならわかっていただけると思います)。人間が、欲望、希望を満たそうとするときには、いろいろな経済活動が発生します。アパレルであれば、生地の生産、縫製、物流、検品等いろいろな人、モノ、システムが動くことになります。食品についてはもっといろいろな人、モノ、システムが動くことになるでしょう。それに加えて 安さ や スピード等のモノに関係のない サービス が求められるのです。物理的に無理が出てきます。

工場のラインではきれいなサンプルが出来ないとわかっていて、上記のサンプル作製の特別の部屋のようなものが存在します。時間が間に合わないから検品をせずに出荷することもあるでしょう。このような小さな 方便 が積み重なって、モノが人の手に届きます。


今回の中国産の冷凍食品に関しては、どのような過程で、毒物が混入したかはわかりません(故意か過失かもわかりません)。どの過程にも責任を求めることが出来ます。製造者である中国の工場、日本の輸入商社、販売店など、もっといえば原料を作っている生産者や、日本側の検査体制にもその責を求めることが出来ます。

今回の冷凍食品の事故は「消費者が望んでいる」という大義名分の下に、高品質、スピード、コストパフォーマンスなど、過剰に反応した業者間の競争によってもたらされたものではないかと僕は思うのです。もちろんこの「大義名分」は責められるものではありません。人間がより快適な生活を望む限り・・

僕は、中国側を擁護するつもりは一切ありませんが、敵を責める事より、原因追求と同時に、次にこのようなことが起こらないように対策することこそ大切だと思います。
posted by ロン at 22:39| 上海 | Comment(0) | TrackBack(0) | カギ屋と関係ない話

2008年01月25日

謙虚ということ

僕は、カギ屋になる前は会社員でした。会社員でありながら「カギの学校」に行って いつかカギ屋になろう という夢を抱きながら毎日を過ごしておりました。一時期は会社員とカギ屋の二足のわらじを履いておりました。

僕が通っていた カギの学校 はその当時、大々的に生徒募集をしておりました。そしてたくさんの生徒が入学して大いに盛り上がりましたが、あっけなくつぶれてしまいました。相当の負債を抱えての倒産でした。

大変不名誉なことですが、この カギの学校 の卒業生が逮捕される事件がありました。解錠技術を悪用してストーカー行為をしてのことでした。数件ありました。このこともあり、この カギの学校 を卒業したことを快く思っていない卒業生がたくさんいます。

自己が持っている技術を悪用する事は許されることではありません。特に犯罪に直結する技術の悪用は許されるものではありません。
解錠技術はカギ屋であるがゆえに 絶対に 悪用してはならないものなのです。

カギ屋の解錠技術のように、その職業であるがゆえにしてはならないことがあります。


先日、ある番組を見ておりました。某占いの番組です。

その 先生 がもうすぐ降板するとのことについては僕はあまり興味なかったのですが、このときのゲストがWATAMIの渡邉美樹社長でした。僕は渡邉社長の大ファンです。

礼儀正しく、深く挨拶をしながら渡邉社長が登場しました。さすがに謙虚な方だなぁと快く思っておりました。

社長が椅子に座ったときに
「どうして、何品か持ってこないのよ!」といきなりその 先生 が渡邉社長に言いました。渡邉社長は謙虚に「すみません」と言っておりました。

話も中盤になりました。

「あんた、お金を相当儲けたでしょ?」とその 先生 は渡邉社長に言っておりました。ものすごくいやらしい言い方に感じました。渡邉社長はその得た利益をカンボジアの子供たちのために学校を作っていると言いました。先生 の態度は一変しました。

これ以上の番組の進行の説明は割愛いたしますが、この番組をみて、渡邉社長は本当に謙虚であり 先生 には謙虚さがあるとは思えませんでした。


この 先生 は番組で、料理の腕も披露していらっしゃいます。このことで、自分は料理界の女王だと思っているのでしょうか?
外食事業、教育、介護事業に命をかけている渡邉社長に対して
「私が味見して、指導してあげる」とでも言いたかったのでしょうか?
渡邉社長が得たお金の使い道を聞いて態度を豹変させたのは(少なくとも僕は、先生 の態度が豹変したと感じました)どうしてでしょう?

僕は 先生 が精神世界の不透明性を己の自己満足のために利用しているような気がします。人の運命、宿命、人の歩むべき道を説く人物であるならば、謙虚さこそが占い師の核心ではないでしょうか?(先生も 謙虚になりなさいと、ゲストや、我々視聴者にのたまっていらっしゃいますが・・)

カギの技術者がその技術をもって罪を犯したり、公務員がその職権を利用して罪を犯したりするのは、謙虚さ が無くなっていると思うのです。自分の持っている技術や地位を利用することは、誰でもできるし醜いし下品です。究極的には 弱いものいじめ に繋がるのではないかとも思うのです。

まさかとは思うのですが、先生 が言葉を操り 弱いものいじめ をしている、と思っているのが僕一人の勘違いでありますように・・
posted by ロン at 22:31| 上海 ????| Comment(4) | TrackBack(0) | カギ屋の徒然日記